77/108
人形
「てめぇは勉強だけしてりゃいいんだよ。女なんてお前にはやらねぇ。」
「はい。」
「分かったら動けよ。」
「はい。」
僕は玄関に置いてある三束にもなる、紐で結かれた教材を持ち、父さんの横に座る。
「おめぇの部屋は向こうだよ。こっちくんじゃねぇ」
僕は立ち上がり、ドアが傾いている部屋に入る。
ドアを直すのに手間取って、指を挟んで軽い内出血を起こしている。
虚しくなったら、悲しくなったら。
僕は人形だ。と自分に言い聞かせる。
無欲でいなければいけない。
愛されたいと、優しくして欲しいと思うから、欲するから虚しくなるのだ。
無欲でいれば、なににも傷つけられないのだ。
愛おしいことは何も無いし、なにも辛いこともない。
何も欲しくないし、何も持っていたくない。
いつかの夢みたいなものは全部、要らなくなった。
たった昨日書いたあの望みも、もう少し笑いたかったなんて欲望も。
全部捨ててやった。
そう思った途端、僕の手からペンがずり落ちた。
カタンとなったペンを、僕は握らなかった。
拾わなかった。