あかいこっぷ
何もかもどうでも良くなってしまった。
気づけば歩き続けて、一時間くらい経ってしまっていた。
大通りはいつまで経っても黄色く照らされて、同じような風景が続いていた。
俺はもう疲れたので足を止めたいと思った
いや、止めた。
左の、ラーメン屋の路地裏から鉄の跳ねる音が聞こえた。
排気口からは臭い豚骨ラーメンの匂い。
気になったんだ。
一歩ずつ、暗闇に体を溶かすように、一歩ずつ。
頭の底から湧いて出る好奇心を追求するため、心臓の底で感じる危機感を溶かしていく。
俺は、見てはいけないものを見た。
目の前で、四〜五十代のおじさんが赤いのをこぼしている。
人間という、それぞれ違う大きさのコップに入った赤い液体を、彼は零した。
もうほぼコップの中には入っていないと、そう思う。
音を鳴らした鉄は、工事用のパイプだった。
俺は振り返って、闇から体を取り戻した。
少しずつ大きく、ゆっくりと早く足を前に運んだ。
足音が立たぬように、俺という存在を感じさせないように。
急げ、急げ急げ急げ、見つかる、見つかったら俺もああなってしまう。
見つかる、見つかる見つかる見つかる。
焦りで心臓がよじれた気がした。
歩いていたつもりだったのに、いつの間にか走っていた。
何回も後ろを振り返った。
おじさんの財布を開いていた男が俺を追いかけてくるのが怖かった。
気づけばいつもより人の多い駅前まで来た。
よく知る場所を、こんなに怯えたのは初めてだった。
俺の息はかなりあがっていて、心臓の代わりに肺がよじれ、脇腹は刺されたように痛かった。
鼻を刺した、鉄と豚の油の匂い。
俺はそれを忘れることはなかった。