調査員Aの職務
調査員Aはある人物を調査していた。
「そんな人物は存在しない。ただの空想さ」
同僚の言葉にもめげず、Aは調査を続ける。
ありとあらゆる場所にその人物の痕跡が残っているのだ。絶対に彼は存在する。Aにはなぜか確信めいたものがあった。
まだ陽の目を見ない証拠がどこかに埋まっている。それを掘り出すことこそ、私の使命だ。
いよいよAの調査に熱がこもる。ひたすら資料を掘り出しては分析する。そのうち、Aは一つの仮説を立てるに至った。
「どうやら彼は一人ではなく、途方もなく大きな組織のようだ」
それも、恐るべき組織だ。
彼らは衣服、食品、器具などを望むがままに調達できる。さらに、動物を長距離の移動用に改良することもできるようだ。極め付けは、国家を無視するように国境を飛び越えることまでやってのけることもある。
「これだけの経済力・技術力・権力を兼ね備えた組織が、まさか存在したとは」
しかし、その先は一向に調査が進まない。
彼らに関する痕跡や資料は多く見つかるものの、彼らの正体だけは必ず秘匿されているのだ。
台風の多い夏が過ぎ、暑さの残る秋が過ぎ、やがてひんやりとした季節になった。
「やっぱり、君の妄想じゃないか?そんな馬鹿げた組織が存在するはずがないだろう?」
一向に調査が進まず、Aの確信は揺らいでいた。
Aの同僚は、口を揃えて別のものを調査することを勧める。
「いつまで経っても成果の上がらない調査をやっているのでは君の才能がもったいない。そろそろ見切りをつけてはどうかね?」
上司の言葉もAの決心を揺さぶった。
「絶対に彼らは実在すると思うのだが……。私の思い込みなのだろうか。明日、もう一度だけ調査して、それでダメだったら……」
Aは資料が薄高く積まれた研究室で眠りにつく。
※※※
それは心地よい眠りだった。結果はどうあれ、明日でようやくこの調査から解放される。そんな安堵感からのものかもしれない。
Aは彼の夢を見る。真っ黒なベルト。豊かなヒゲに赤と白の帽子。
そういえば、枕元でストンと音がしたような気がした。
※※※
考古学調査員Aが目を覚ますと、枕元に一冊の本を見つけるだろう。その本は数万年前に地球で最も信仰されていた宗教と、その宗教行事に関する書籍。そして、彼は、その宗教の研究が認められ、人新世研究の権威として広く認められることになるのだ。
奇しくもそれは、かつて、地上で栄え温暖化によって姿を消した生物が、「クリスマス・イブ」と呼んだ夜の出来事だった。