chapter3-23
「おぉ、お前がイクサが言っていた奴だな!」
シューツは声をかけたミシェル達には目もくれず、ロールへずいと顔を近づけると、唾を飛ばすかのような力強い声でそう言った。顔を間近に近づけられた当の本人である少女は眉をひそめて迷惑であることを表現するが、近づけた側が気にすることはなかった。
「さぁさぁこっちに来たまえよ。その体、隅から隅まで見させてもらおう」
「お、お、おい。何をやっているんだお前」
部屋の奥にあるベッドへ寝かせようと、シューツはロールの細い腕を強引に引っ張る。それを止めたのはロールの後ろに立っていたディーナであった。
「なんだお前。ん、ディーナ達ではないか」
「何がディーナ達ではないか、だ。お前はこいつの正体がわかっていてこんなことをやっているのか?」
「言葉の意図が理解できんな。それがわからないから調べようとしているのだ」
「……ワタシの言い方が悪かったのは認めよう。そうじゃない。こいつは素手でヴァイラミーを倒せるような化け物なんだぞ、軽々しく触って暴れたらどうする」
「はっはっは。そうなったら俺も君たちも、ともにお陀仏だな」
ディーナは頭を押さえ、「どいつもこいつも……」とぼやく。大きなため息が今の彼女の心を表していた。
ちらりと視線をミシェルのほうへ向けると、彼女は彼女で複雑そうな顔をしている。おおかた、『体を隅から隅まで見る』という言葉に反応しているのだろう。人一倍ロールのことを気にかけている彼女のことだ。異性に裸体を見せるなど、納得はしていないに決まっている。
「言いたいことがあるなら、何か言ってやったらどうだ」
「そ、そうだな。――ん、んっ。シューツさんっ」
一度咳払いをしたミシェルが声をかける頃には、既にシューツはロールをベッドに寝かせていた。体が全く沈まないマットレスに寝かされたロールは、少しだけ顔を不満そうに歪ませている。
「む、何かねミシェル。邪魔をするなら出て行ってもらうぞ」
「ですがシューツさん。正体がわからない力を持っている者とはいえ、彼女は人間の少女とほぼ同じ体をしています。それを人間でいえば異性である貴方が一から十まで検査するのは問題があるのでは?」
「ふっ、問題などあるものか。医者が異性の患者を手術する際、わざわざ執刀医を降りると思うか?」
「うっ」
そう言われてしまっては反論ができない。シューツはこの学校の研究室に配属されてから今に至るまでの数年の間で人間相手に問題を起こしたことがないし、ミシェルはよく知らないものの論文や研究成果で賞を貰っているような実績のある人間だ。実際ミシェルも彼のことを『変人ではあるが狂人ではない』と認識している。その彼がロールを検査するのであれば、良くも悪くも新しいデータが得られるだろう。
「何より俺は二足歩行の生物よりも四足歩行の生物のほうに興奮するのだ。君たちが心配するようなことはあるまいよ」
「あ、そうですか」
眼鏡を押さえて自信満々な表情をするシューツを横目に、ミシェルはロールのほうへと視線を移す。彼女は不満そうな顔をしているが、恐れているような顔はしていない。寧ろミシェルからの視線が何故向けられているのか理解していないかのように首を傾げた。
本人が気にしていないのであれば横から他人が指摘するのも変かもしれない。研究室内を見渡してみてもヴァイラミーが出現しているせいか他に研究員がいないこともあり、ミシェルは無理やり自分自身を納得させるとロールの身柄をシューツに預けるのだった。




