chapter:0-1
プロローグその1です。
読み飛ばしても多分大丈夫です。
それはとある少女が九つになる時の誕生日の出来事であった。
少女の誕生を祝って装飾された部屋が、作られたケーキが、そして少女自身が赤く染まっていった。染料の正体は少女を守ろうとする人間の血液であった。
一人、また一人と周囲の人間は少女やその家族を庇って犠牲となり、やがて少女が隠れるための壁となっていった。血の湖が出来上がり、その中に少女は沈んでいく。
しかし壁は崩された。理性を失ったかのように暴れる獣の手によって。
自身の身長の何倍もある熊のような生物が、その体を血に染めて爪を振り回す。少女は先ほどまで隠れていた部屋を飛び出したものの、逃げても逃げても距離は取れず、それどころか距離が縮まっていく一方であった。
……逃げられない、殺される! 殺される!
少女の脳裏に浮かぶネガティブな言葉。そして最悪の結末。
諦めてかけていたその時、希望の音が聞こえた。獣を倒すための銃の音だ。獣の討伐隊であるバスターズがやってきたのだ。
……助かった?
先ほどまでの凶暴さはどこへやら、銃弾を打ち込まれた獣はぐったりと壁に寄りかかり動かなくなった。緊張の糸が切れた少女は、その獣と同じような体勢となり安堵の息を吐く。
しかし安心するのにはまだ早かった。
先ほどまで停止していたはずの獣の腕がびくりと動き出す。その様子を見ていた人間はその場にはおらず、だからこそ全ての人間の対応が遅れた。
一人の女の子を除いて。
「シェリー逃げて!」
少女と同じような背丈をした、もう一人の女の子が大きな声をあげる。少女がその言葉の意味を脳が理解する前に、獣の巨体が動き始める。仕留め損なった獣は先ほどまでそうしていたように暴れ始め、近くにいるシェリーと呼ばれた少女に狙いを定めた。
この数秒の出来事に一度緊張の切れたシェリーは理解が追いつかず、ただただ自分の頭上に振り上げられた爪を眺めていた。
次に目を開けた時、シェリーは思い切り体を引っ張られ、そして誰かに覆い被されていた。
足元が濡れる。尻が濡れる。膝が濡れる。胸が濡れる。赤く、赤く濡れていく。
「シェリー」
シェリーを強引に引っ張り、獣の攻撃から庇った女の子が呟いた。……ような気がした。
「あなたは、いきて」
その後の出来事を、シェリーと呼ばれた少女はよく覚えていない。
彼女の記憶にあるのは、このような血に染められた誕生日の出来事と自分を庇って死んだ少女の最期。そして自分達を襲ったヴァイラミーと呼ばれる獣に対する憎しみであった。