攻略するほど褒めたたえられるが、俺にとっては遊びの一環です
ダメージが1でも入り、敵の攻撃パターンを把握し、すべて避ける事が出来るなら。殺せない敵はいない。
HPが半分で強化され、8割削ればさらに強化されるなんて当たり前。攻撃力が爆上がりしてほぼ一撃で瀕死にされるが、一撃で落ちないならまだまだぬるい。
1度殺した程度で気を抜くのは初心者だ。ベテランは念入りに止めを刺し、それでも無慈悲に復活する敵を殺し続ける、終わりの見えないその攻略の果てにプレイヤーは無我の境地に至る。
死に武器と言われる最弱の拳を武器に、最弱の「装備無し」でノーダメクリアの入り口に始まり、それのタイムアタックでしのぎを削る、悟りを開いたマゾゲー仏陀達の宴は、外部から見れば変態達の変態行為でしかない。だが、いつの世でも突き抜けた人間は理解されないものだ。
常人に理解できるのはその1割に満たない、星より高き山を下から見上げても雲の上は見えないのだ。
ひとりの冒険者が居た。
彼はあまりにも目立たない、良く言えば普通の、悪く言えば個性のない中年の男だった。
使い古された一般的な作業服の上に、端々がささくれた皮の防具を付け、いつも同じ時間に、仕事にダンジョンへもぐり、夜は同じ酒場で、同じ飯と酒を1杯やって同じ貸宿で寝て、また次の日も同じような日常を送っていた。
限られた行動範囲で限られた人間としか話さない彼を認識している人間は少なく、街の人間も、同じギルドの冒険者や職員も、彼の事を知らず、興味も無かった。
ある日消えても誰の記憶にも残らない人間。そんな彼が酒場や冒険者ギルドに姿を見せなくなって1週間がたっていた。
そんなある日、ダンジョンの最下層が攻略された。
”ボンボルドの墓場”と呼ばれるダンジョンは、不死者のダンジョンで、その最下層に居るとされている”ボンボルド”はダンジョンの傾向からランクSのエルダーグールドラゴンとの話だった。
ランクSは伝説の勇者一行が討伐した魔王と同じ難易度である。
勇者一行は各国の”とびっきり”を集めた、この世の理想のパーティだったが、大昔の話であり、今の世は魔王の脅威より国家間のいざこざの方が重要な為、各国の最強をより集める事は出来ない。
したがってランクSのダンジョンが攻略される事なんて無いというのが一般的な常識だった。それにいくら災害級のモンスターだとしても、ダンジョンの最下層に居るであろうボスが地上に害を及ぼす事はない。
もし…、もし仮にランクSのダンジョンが攻略されるとしたら、この国の最高峰冒険者パーティーである「白薔薇の淑女」か「鋼鉄やかんのグーテル」だろう。世れでも、この街にその様な有名どころが来た話は無かった。
ダンジョンが攻略されるとそのダンジョンは不活性化となり、宝の再配置や、モンスターのリポップが無くなる為、資源としての価値が無くなる。
代わりに高密度な魔力が満ちる場所として、転移陣や魔道研究施設、ほかにもいろいろと利用方法は有るらしい。
ダンジョン攻略者は、レジェンドアイテムや名声を獲る。
「あれ?」
歴史に名を刻む程の偉業が達成された事を最初に確認したのは冒険者ギルドの受付嬢だった。
ギルドの中央にある情報塔と呼ばれる柱状の魔道掲示板に表示されていた”ボンボルドの墓場”の横にある緑の灯り。活性化を示すその灯りがいつの間にか消えている事に気が付いた彼女は情報塔の不具合かと考え、魔法に詳しい先輩受付嬢に相談した。
「う~ん、私にもわかんないなぁ。」
その先輩受付嬢が知る限りでは、魔道掲示板の故障は不具合は発見できず、次いでギルド長に報告する事になった。その時の報告は「魔道掲示板が故障している様なんです」だった。
「ふむ、間違いにしろなんにしろ、一度点検してみる必要があるな。夜勤の冒険者たちにはすまんが今晩はギルドを閉めるとしよう。すまんがその段取りで頼む。」
魔道掲示板の操作はギルド長のみ行える。それはギルド内での機密情報等が表示できる事が一つの原因で、何らかの原因でその情報が洩れる事を嫌って度々ギルドが閉鎖される事がある。夜、その作業を行うのは夜勤の冒険者が少ない為だ。
機密保持の為、一時的に閉鎖したギルド内でギルド長が魔道掲示板を点検した。ありえない事にすべての点検ヵ所は正常で、よって”ボンボルドの墓場”は攻略されていた。
「えりえん…」
次にギルド長はとある名簿を開く。その名簿にはダンジョンの攻略者の名前が表示される。
攻略者はだいたいパーティーなので、その名簿には討伐時にボス部屋に居た人が表示される。Sランクだと少なくて20人、多くて100人表示されてもおかしくないその名簿はただの1名だけ名前が刻まれていた。
「スズキシゲオ?聞いたこと無い名だ…、それに一人?一体どういうことだ?」
Sランクを単独で撃破したと表示される情報は言ってくる。だが、そんなことはどんな英雄でも不可能な事だった。
「魔道掲示板が故障?こんな故障の仕方があるのか?それとも最下層のボスがたまたま雑魚のゴブリンだったという事か?そんな事がありえるのか?」
ギルド長は魔道掲示板を操作し、他の情報を表示させる。それには各階層の主要モンスターとボスモンスターが表示される。
「第7階層…エルダーグールドラゴン、2体??」
もはや意味が分からなかった。人では無く神に類する何かが気まぐれに事を成したのだろうか?
「これは…とりかく報告せねば…」
考えても理解できない現象に遭遇したギルド長は停止した思考の中でギルドマニュアルに従って王都のギルド本部へ報告する手はずを整えていく。
「こんな事が…こんな事が本当にあるのか?魔道掲示板が狂ってるんじゃないのか?そう考える方が利口だ。だが…それはあり得ない。ありえないだろ。じゃあ、こいつは?スズキシゲオ…そうだ!冒険者名簿だ!」
すぐにギルドの職員を呼び出し「スズキシゲオ」と言う名簿を探させる。登録時に偽名を使う者も居るが、ギルドは受付カウンターに仕込んだ魔道装置で秘密裡に真名を記録している。特定は可能だった。
「この方でしょうか?」
受付嬢が持ってきたその名簿を見る。
「スズキシゲオ 27才」
他の情報が無い。ついている顔写真は「こんな奴いたような、いなかったような」という感じの一般的な容姿。
「なぜステータスが無いんだ?」