迷惑な依頼主 第9話 斬血鬼
刺客と思しき5人は、頭を下げて身動ぎしない貴族達の間を縫ってどんどん近づいて来る。
そして私にあと数歩という所で、一斉に腰からダガーを引き抜いた。やはり、刺客だ!
バラバラに近づいて来る彼らだが、目的が公爵だという事は一目瞭然。
おいおい、スポンサーを害されては困る。
髭もじゃのオッサンもこれに気づいて、公爵を護らんと向かってくる彼らの前に立ちはだかる。
そして腰の剣に手をかけ、何時でも抜ける様に身構えた。
上座の傍らで、ハルバート(斧槍)を手に控えていた数人の衛兵が、上司の異変に気づいてパラパラと髭もじゃの周りに駆け寄っていく。
速歩で向かって来た刺客達が、一斉に走り出した。
凶器を携え公爵に近づく男達に気づき、貴族共が一斉に騒ぎ始める。
刺客と公爵の間合いはもう10歩もない。
1人目の刺客が、ダガーを構えて跳躍した。
髭もじゃが剣を抜き放ち構える。
突然、彼を囲む衛兵の一人が首から血を噴き出しながらぶっ倒れた。
続いて、もう一人が太腿を押さえてしゃがみ込む。
これは相当な手練れだ。衛兵では太刀打ちできないだろう。
1人目に気を取られている隙に、2人目、3人目が他の衛兵の間を縫って横合いから襲いかかる。
彼らの動きが速すぎて衛兵達は反応できていない。
3人同時に攻撃され、髭もじゃは絶体絶命の窮地に!
彼がやられれば、髭もじゃと公爵の間には誰もいない。
だが、その凶刃は私によって阻まれた。
ひとりの衛兵に走り寄り彼からハルバートを引ったくると、私は髭もじゃに向かって跳躍、彼と刺客の間に身を滑り込ませた。
そして、髭もじゃに迫り来る2人目、3人目の刃をハルバートを使って弾き返す。
オッサン、1人目は自分で対処してよね。
更に4人目と5人目が参戦して、上座付近は混戦状態に。
部屋の外にいた衛兵達も駆けつけ刺客を取り囲むが、彼らはそれを掻い潜って公爵に襲いかかる。
公爵に飛びかかった5人目の刺客だったが、彼に触れる事なくその場で床に張り付いた。
跳躍した瞬間、私のハルバートがそいつを上から叩き潰したのだ。
残る刺客は4人。
私を自由にさせたままで衛兵達を掻い潜って公爵の命を奪れると思うほど、彼らの考えは甘くない。
彼らの標的は私に代わった。
一対一では勝てないと悟ったのか、4人同時に襲って来る。
その間に公爵の周辺は、増援の衛兵達で固められていた。
混戦では扱い辛いハルバートを放り投げ、1人目の斬撃を仰け反りながら交わし、とんぼを切って後退。
辺りに適当な武器になりそうな物を探す。
すぐに目に付いたのは公爵家累代の甲冑。刺突を繰り出す2人目をいなすと、その甲冑に向かって駆ける。
カテナが並走してついてくる。
その場にいる貴族達はパニックを起こして右往左往しているが、どうする事もできない。
下手に動けば巻き込まれるだけだなのだから。
再接近してきた1人目と、次いで攻撃に加わった3人目、4人目に囲まれるが、連続した斬撃を身を低くして躱し、床を滑ってその場所から脱出。
背後から何度も襲ってくる刃を身体を回しながら手で受け流していく。
腕や脇腹を斬られたが、身体強化のスキルのお陰で傷は浅い。但しドレスはボロボロだ。
横合いから襲ってきた2人目の刃をステップを踏んで回避。
ドレスは動き辛いが鎧よりは軽い。
私の動きについていけずにスカートが裂け、幾つものスリットが入った状態になってはいるが。
4人の刺客を引き連れて貴族達の間を潜り抜け、台座に乗せられた甲冑の手前で急停止。
斬り込んできた3人目のダガーを躱す。
危ないところだったが、カテナが刺客の顔に飛び付き敵の動きが鈍った隙に難なく避ける。
前屈みになったそいつの肩を踏み台に甲冑に向かって跳躍した。結構な高さまで。
舞い上がった私は、後方に伸身宙返りの後、兜を足で挟むように甲冑の肩に着地し、大剣のグリップを掴んで再び跳んだ。
籠手を離れた大剣が、私と共に宙を舞う。
空中で動けない所を狙って放たれたナイフを剣の腹で弾いて着地。そのまま一歩前に踏み込んで横に薙ぐ。
私の着地を狙って襲ってきた2人目と3人目は、胴を絶たれてその場に倒れ伏した。
広がっていく血溜まりが、彼らの絶命を物語っている。
続けて体ごと剣を回して4人目の胴を下段から薙ぎ払い、斜め上に振り切った剣を今度は1人目の脳天目掛けて振り下ろした。
白いドレスが返り血を浴びて真っ赤に染まる。
一瞬にして5つの死体が出来上がった。
大太刀廻りが終わった時には、大広間には物音ひとつしてい。
「 . . . . . 斬血鬼 」
やがて、静まり返った大広間に、誰かの呟く声が聞こえた。
そこにいた人々の間に恐怖が広がっていくのを感じる。
最早、誰もが、そこにいるのが守護天使の御使いなどとは思っていない。
顔を引き攣らせた貴族共に囲まれ、真っ赤に染まったドレスに身を包む女が立っているだけだ。
そんな私の足許に、カテナが擦り寄ってくる。
お前だけだよ、私のことを解ってくれるのは。
彼は、血に塗れた私のドレスを肩まで登ってきて耳元で囁いた。
(やり過ぎちゃったねえ。ま、仕事には関係ないから良いんじゃないか?)
相変わらずゲンキンな奴め。
突然、静寂を破って、掌を打ち鳴らす音が響いた。
「 見事だ!御使いの力、しかと見せて貰った 」
ウィリアムだ。
公爵自らが私の武を称え、手を叩いている。
固まっていた人々に、追従の輪が広がっていった。
「 さすがは御使い様。見事なお手並みでした 」
「 守護天使の御使いというのは本当でしたな 」
なに、今更、おべっか使ってんだ?さっき迄、びびってたくせに。
いつの間にか、イングリットが側にいた。
助太刀する積もりだったのか、その手にはレイピアが握られている。
「 あんまり無茶しないで下さい 」
そう言うなり彼女は、血塗れの肩に頭を乗せたのだった。
カネナが驚いて少し引いている。
これは演技か、それとも . . . . . . . 。