迷惑な依頼主 第7話 公爵領
牧歌的な風景を見続けて2日の後、地平に浮び上がる壁が見えてきた。
目を凝らすと壁の所々に重機の様な構造物が備え付けられ、工事中をやっている様子が遠目にもうかがえる。
滑車が幾つか石を入れた網を巻き上げて壁の上に運び、その前には、地面を掘っているのか土が高く積まれていた。
「 領都にしては大きな外壁だあな 」
「 ええ。領都を王都のようにするのが兄の夢なんです 」
イングリットは虚な瞳でそう答える。
実は彼女は、兄公爵がやろうとしている事に対して何か戸惑いがあるのではないのだろうか?
「 辺境伯領規模の領地で、王都とタメを張ろうなんて剛毅だねぇ 」
「 そう思いますか? 」
「 かかる金も半端ないだろ?開発しまくってるって言ってたけど、森を切り拓いて畑でも作るのかな?小麦畑とか? 」
「 我が国は農業経済の上に成り立っていますから、増収の為に農地を増やすのは勿論のことですわ。だけど、それだけでは足りません 」
「 だったら? 」
彼女は一瞬躊躇ったが、すぐに思い直して話しを続ける。
「 増えた土地を使って商品作物を作り、王都やローラントにも出荷する計画にしています。交易収入が増えれば、ブラウンデッドの財政も潤いますから 」
「 ふ〜ん、なるほどね 」
至極、真っ当な応えだ。
でも、だったら、どうして壁を高くし堀を深く穿つ?それに使う金があるなら、土地の開発に回す方がはるかに領地が潤い民衆も豊かになるだろうに . . . . . . 。
オーバンとバルブレアは国境を挟むとはいえ、いわば隣街だ。
なのに馬車で5日もかかっている。さすが辺境と言うべきか。
普段、馬車になんぞ乗らないからお尻が痛くなってきた。
「 あと、どれぐらい? 」
「 そうですわね。半日という所でしょうか? 」
速度を出さずに走ってくれているから揺れは激しくないものの、なにぶん長く座っていることに慣れていない。
途中で何度か気分が悪くなったけど、何時もドヤ顔のイングリットの手前、弱音を吐くのは悔しいので何とか我慢した。
カテナは全然平気なようだけど。
マリエルさんの見立て通り、領都の門に着いたのはそれから半日経ってからだ。
既に陽は西の空に傾きかけている。
民衆の列を横目に見ながら、馬車は大門を潜っていく。
門の高さは5メートルはあるだろうか?大型のセダンが1台逆立ちできそうな高さだ。
門は壁の半分程の高さだったから、壁は10メートルはあることになる。
領都の外壁としては分不相応に巨大なものだ。
こんな大きな壁が本当に要るのだろうか?
スペイサイドがローラントと交戦状態にある訳でもないのに。
ハイラントとの境界に充満する魔物の群れ . . . . 城の改築が、何故か魔物の群れにつながる様な気がした。
大門を潜ってからも馬車は止まらない。
そして領都の中心にある小高い丘の上に建てられた、これぞ”お城”と言わんばかりの建物の前に来て漸く止まった。
それ迄に、幾つかの門を潜っている。
外壁とまでとは言わないものの、城を中心にして何重もの壁が廻らされているのだろう。
「 要塞みたいだなあ 」
馬車を降りる際に私が零した独り言に、イングリットやマリエルさんからの反応はない。
馬車の中とは打って変わって2人とも無表情を繕っている。
屋敷の前には、使用人と思しき幾人かの男女が並んで待っていた。
「 イングリット様、長旅お疲れ様でした。ウイリアム様がお待ちかねでございます 」
「 ありがとう、トビアス。着替えたらすぐ行くと伝えて下さい。それと、お客様を部屋に案内して下さらないかしら? 」
トビアスと呼ばれた使用人は、紹介された私を見ても眉一つ動かさない。
貴族の屋敷に甲冑姿で乗り込んでくる非常識な女なのに . . . . 良く躾けられているなあ。
イングリットとマリエルさんが行ってしまうと、トビアスが私を客室に案内してくれた。
さすが王城と張り合おうって城だけあって、居館自体が大きい。
城といってもシンデレラ城みたいなやつじゃなくて、分厚い壁に囲まれた城塞の中に高級ホテルがあるって感じだよ。
私は今、そのホテル的な建物の中を連れ廻されている。
長い廊下を歩き、幾つかの角を曲がって階段を上がって、そしてまた、長い廊下を歩いて一室にたどり着いた。いったい幾つ部屋があるんだろうね?
案内された部屋は、それは豪勢だった。
薄紅色の絨毯に錦糸で縁取りされた緋色のカーテンが映える。
. . . . . うっ、柄じゃねえよ!
「 どうぞ、お寛ぎ下さいませ。後ほど、御召し物を持って参ります 」
客としてこの城に来た訳じゃないから、そんなに気を使わないでくれ。
良く躾けられた使用人だと思うが、イングリットがいた時とは違って何かおどおどしている様に見えるのは気のせいかな?
仕方がない。郷に入っては郷に従えだ。
トビアスが出て行ってから暫くすると、メイド服を着た使用人が何人かやって来た。
先頭の使用人の腕には仰々しい衣装が抱かれている。
なんだ?そんなの頼んでないぞ!?御召し物って寝間着じゃないのか?
ズカズカと部屋に入って来たメイド軍団は、有無を言わせず私から金属甲冑から軽鎧から剥ぎ取ると、鎧下も脱がせて私をあっと言う間に下着だけの姿にしていまった。
カテナは驚いて、ベッドの天蓋に登っていってしまった。
身体中を拭かれ、次に腰にコルセットが巻かれて思いっきり締め上げられる。
「 ぐ、ぐえっ!」
「 辛抱なさいませ!貴女様のウエストは、イングリット様に遠く及びませんですわよ! 」
郷に入っては郷に . . . とは言っても、これは . . . . . !?
コルセットを絞め終えると、今度はドレスを着せられる。
スカートの後ろに襞がたくさんあって膨らんでるやつ。クリーム色がかった白いレースの . . . . 何じゃこりゃあ!?
髪を解かれて梳られ、頭の後ろには髪飾りが。
あっ、香水がふりかけられた。
鏡の中にいる自分を見てみる。
『私じゃないみたい』なんて言わないよ!柄じゃないんだ、こんなの!!
だったらどうして抵抗しないのかって?五月蝿いわい!
人形の様に着飾られてしまった。
メイド達は達成感からか、仕事の成果をうっとりとした表情で見つめている。
「 此れは想像以上ですわ 」
いつの間にか、くっくっくっ、と背中を振るわせるイングリットが側にいた。
「 これは、アンタがやらせたのか?! 」
「 勿論ですわ。公爵閣下に謁見して頂くのに、冒険者の格好のままとはいきませんからね 」
悪びれもせずそう言う彼女を睨みつけた後、私はそっぽを向いた。
天蓋の上でカテナが笑っているように見えた。