表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/34

迷惑な依頼主 第1話 一日の始まり


黎明の中、街の路地に幾人かの人々が集まっていた。

徐々に明るくなっていく東の空は雲ひとつなく澄み渡っているが、どことなく寒々しく感じられるのは気温のせいか、それとも彼らの財布の中身のせいか?


実際、白い吐息で小刻みに足踏みする男女の群を包む空気は冷たかった。


あと小一時間もそうしていれば風邪をひくこと請け合いなのだが、誰もその場を離れようとはしない。


「 上手く仕事が請けられたら、先ずは飯だな 」


「 おい、そんな悠長なこと言ってていいのか?すぐに日が暮れちまうぞ 」


「 そうなりゃ、晩飯まで食いっぱぐれちまう 」


「 寝ぐらの方はどうすんだ?今日ぐらい宿で泊まりてえよ 」


所々でそんな会話が囁かれていた。


鎧兜に大剣で武装した厳しい出で立ちとは裏腹に、彼らが言ってることはどこか所帯染みている。



彼らは冒険者、つまりは何でも屋だ。


冒険者の朝は早い。


その日を食いつなぐため、依頼を請けることから一日は始まる。


なにせ、社会福祉等のない世の中なのだ。職業斡旋所も無ければ失業保険も出ない。

彼らにとって、その日の現金収入を得る得ないは死活問題なのだから。


そんな彼らの財布を目当てに、通りには幾つかの屋台がならび美味そうな匂いを漂わせていた。

冒険者に負けず劣らず街の人々も力強く生きている。


此処は異世界。夢を叶えるのはその者の力量次第、そして、あとは運任せ。

しぶとく生きねば何も叶わない世界である。


地縁、血縁を捨てて自由に生きる冒険者はしぶとい者の代名詞だった。


彼らが属するギルドに持ち込まれる依頼は、翌朝、ギルド会館が開くと同時に掲示板に貼り出される。


少しでも条件の良い依頼を請けたければ、こうして開館を待つ列に並ばなければならなかった。




冒険者ギルドと云えば聞こえは良いが、実態はドヤ街の口入屋といったところだろうか。


「 ゴブリン退治は勘弁して欲しいんだがな。危険度に対して報酬が少な過ぎる。ありゃ割に合わんよ 」


「 だったら、扉が開くと同時に駆け込んで、もっと良い依頼を見つけるんだな 」


そんな声も聞こえてくる。


会館に貼り出される依頼はまちまちだ。

植物の採取に高値の報酬がつくこともあれば、危険な魔物の討伐が案外安い報酬だったりする。


依頼のない狩猟や採取で得た獲物も、ギルドに引き取って貰えなくはない。だが、そこは相場。

需要が高い物は高値で引き取って貰えるが、そうでなければ二束三文にしかならない。


苦労したかどうかより、需要がある物を提供できるかどうかが資本主義。


君主制資本主義の世の中に国の社会保障は無い。何をやるにも自己責任。


地縁、血縁がなければ職域共同体に属するか(要は丁稚だが)、さもなくば、商人ギルドか冒険者ギルドに登録して自らの力で口に糊するしかない。




さて、冒険者ギルドの前に並ぶ例に戻ろう。


圧倒的にむさ苦しい野郎どもが多い列の中に、一見可憐な少女がいる。


ドヤ街の口入屋に少女が並ぶなど場違いなのだが、生きていくには仕方がないだろう。

年端のいかない少女だとしても、その日の糧を得ねばならないのだから。


しかしその格好は、他の冒険者に負けず劣らず厳しかった。


皮の軽鎧の上から肩と胸だけを護る金属製の肩甲・胸甲(しかも利き腕を邪魔しない左だけ)、腕には籠手、脚に脛当を着けた、俊敏な動きを妨げてない可能な限りの重装備。

背負うのは身の丈ほどある大剣に、腰には長い刃渡りの刀を差している。


成人でなければ冒険者にはなれないが、少女は15歳のそれには達しているのだろう。


身寄りのない少女など娼館に売られるか権力者の慰み者にされる世知辛い世の中で、少女はよりによって冒険者を選んだらしい。


「 お嬢ちゃん、ご主人様は今日はお休みかぁ? 」


少女をポーター(運び屋)と思ったのか、隣に立っている男が彼女に声をかけている。


禿頭で眉毛に傷跡のある明らかに柄の悪そうな見た目だ。



魔物を狩るにも植物・鉱石を採取するにも高額の稼ぎを得るには、出来るだけ多く素材を持ち帰って売ることが肝要だ。


戦闘や採取に加わらないポーターには、依頼料や素材を売った儲けから分前をくれてやる必要はない。運び屋としての契約金だけ払えば済む話なのだから。


腰まで伸びた鳶色の髪を頭の両側で結び背後に流したその姿は、武具をつけていなければポーターというよりは街の食事処の看板娘だった。


それら大仰な武具を、運ぶ為に身につけているのだと言われればそう見えなくもない。



弱い者が強者の食い物にされるのは世の常。

男は一見か弱そうなその少女が与し易いと見てとったのだろう。


彼女に他の仲間がいないのも、いっそう彼を調子づかせたようだ。


しかし、猫を抱いて手持ち無沙汰に列に並ぶ彼女は男を相手にしない。一方、男はご執心の様で絡みつくのを止めようとしなかった。


しつこい男は女子から嫌われるという事を判っていないのだろう。

おそらく、この男はモテないはずだ。


「 なんだったら、依頼をこなした後、二人で宿屋にしけ込んでしっぽりなんてどうかなぁ? 」


モテない奴ほど、セクハラ発言がウケると勘違いしがちだから始末に負えない。

近くでは、男の仲間なのか他の2人の男がニヤついた顔で2人を眺めていた。


”自分の身は自分で守る“がこの業界での不文律である以上、他の冒険者達は男を諌めようともしない。


「 おい、何とか言ったらどうなんだよ?! 」



少女に無視され続けて業を煮やしたのか、そう言うなり彼女の肩を掴もうとした男だったが、見た目はか細いその肩に触れることすら出来なかった。


それどころか、自身の足許にしゃがみ込んで動かない。


見れば、男は股間を両手で押さえて呻いていた。


蹴りが入ったか握り潰されたかは判らない。

だが、しつこい男に少女が制裁を加えたのは明らかだ。


「 おい、なにやってんだ!?もうすぐギルドが営業を始めるっていうのに 」


ニヤけて眺めていていた仲間の男達も突然のことに驚きはしたものの、男の無様な姿に呆れ果てていた。

それはそうだろう。


15、16歳の少女に絡んだ挙句、金的を喰らって悶絶しているなど仲間としては恥ずかし過ぎる。


執拗な男が悪かったと思っているのか、男達は少女に言い掛かりをつける事はなかった。


それに、金的を喰らって悶絶するなど冒険者ならば日常茶飯事だ。それぐらいで一々騒ぎ立てていては冒険者としてやっていけない。



この世界はデタラメなのだ。

150cmちょっとしかない身の丈でも、スキルさえ持っていれば槍や大剣を振り回せる。


少女にそんなスキルがあるのなら、男の股間を握り潰すなど雑作もない事だっただろう。


「 あれってマーベルじゃない 」


「 あの馬鹿、『斬血姫』にちょっかい出したのか? 」


「 勇者かよ!? 」


どうやら、少女を知る者が少なからずいるようだ。

だか、少女に同情を寄せるより、男を憐れむ声の方が多いように聞こえるのはどうしたものか?



そうこうする内に、ちょっとした騒ぎに声を飛び交わせていた冒険者達は鳴りを潜め、ギィィィという音と共にギルドの扉が開いていく。



「 はーい、皆さん、お待たせしましたー!これより営業を開始しまーす。依頼は既に張り出してますから、早い者勝ちですよー! 」


「「「 オオォー! 」」」


受付嬢のアナウンスに反応して群衆にどよめきが起こる。


そして、大剣を背負う少女が、股間を手で押さえ両脇を支えられた男が、その他大勢の冒険者と共に建物の中に飲み込まれていく。


冒険者ギルドの一日の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ