第23話 真善院言上
「殿。大丈夫でござりますか。」
本多正信に言われ家康は部屋に入って来た。
秀吉亡き後、調略の全てを使い、いよいよその覇を手に抱えんとしている男。
この関ヶ原の戦も、関東・小山で行われた計算つくされた会議から始まり、朽木・脇坂らを寝返らせ、吉川広家には領土安堵を約定にその動きを制し、万全を期して臨んで来たこの戦。
しかし、津久見の転生によりそれは大きく音を出し崩れ去って行った。
まず、島津の動向。
関ヶ原の前哨戦ともいえる、合渡川の戦いの時、西軍の敗戦の報告を聞き、三成・島津義弘は大きく狼狽した。
この時、義弘は墨俣に陣を張る豊久ら島津の兵を退却させてから退却するべきだと主張したが、取り入れられなかった。
この遺恨から、島津は動かぬ、と家康は踏んでいたが、島津隊の今にも襲い掛かってきそうな威嚇。その威嚇に東軍は大きく揺らいだ。
それに、首は討ち捨て令。
西軍のこの討ち捨て令により、各隊の奮起は火を見るより明らかであった。
押し通せるはずの戦陣が拮抗状態にまで至った。
そして、小早川秀秋の動向。
多大な加増を持って、徳川方へ着く約束をしておきながら、まさかの反抗。
狂いだした歯車を食い止めるために井伊の助言の元、今両軍の総大将が、同じ部屋にいるのだ。
「…。」
「…。」
沈黙が続く。
「…。」
すると、そこに住職の彩里さいりが小姓を連れて入って来た。
「お茶でもいかがですか。」
と、彩里の計らいで、全員分の茶が配られる。
彩里は
「失礼いたしました。」
と、出て行った。
左近は、喉が渇いていたのか、グイっと飲み干す。
「うまいな。」
つられるように喜内や平岡も飲む。
「確かに。うまいですな。」
井伊や本多らも飲む。
津久見も飲む。
(確かにうまい。そういえば今日何も飲まず食わずだったなあ…)
最後に家康がグビっと飲む。
「あっつ!!!」
と、叫ぶや否や、その湯呑を落としてしまった。
「殿!!」
と、直政がすぐに寄り添い、布でこぼれた湯を払う。
「えらい、すんませんな~。」
「????」
「?????」
場が凍り付くように静かになる。
「家…康…さん?」
津久見は勇気を出して言った。
「…。」
家康は答えない。恥かしそうに下を向いている。
(???????????????)
津久見の頭はパチンコ玉を詰めたドル箱をひっくり返してしまった様に混乱し始めた。
(?????????????え????)
そんな中、静寂を破るように
「ごほん。」
と、咳払いが聞こえた。
声の主は、本多正信であった。
「それでは、今回の戦に関してお話を進めさせて頂きまする。諸将にも2時間の猶予しか持たせておりませぬ故。あと、1時間もございません。」
津久見の耳には入って来なかった。
(?????????????)
「そもそもこの戦は、治部殿の蜂起から始まっておりまする…。」
正信の言上が始まった。
勿論、津久見は聞いていない。
一点に家康を見つめている。
その家康は、足がしびれたのだろうか、もぞもぞしている。
しまいには片方の足を伸ばし始めた。
津久見はじっと見つめている。
その家康の口元に注目していた。
(かなんな~)
(!!!!!!)
確かに今、小さな声で言った。
口元の動きから確実にそうだった。
(………。)
津久見は一連の家康の真禅院での行動を思い返してみた。
廊下で転び、この部屋に入る時も躓き、そしてこの言葉遣い…。
(…………。)
「故に、この戦は我らに義がございまする。よくよく考えれば、亡き太閤…。」
正信の言上はまだ続く。
津久見の頭はマッハの速さで回転。そして一つの仮説にたどり着く。
(!!!!!!!!!!!!!!!)
「故に、西軍は兵を退き、秀頼公と共に、わが殿の元に直接お目通りし、謝罪すれば豊臣家の存続は叶うものかと。」
正信の言上が、終わる。
到底聞き入れられない、侮辱的な言上であった。
左近・喜内は、
「何と!!!!」
と、今にも立ち上がろうとしている。
その威を感じた、正信は
「ひっ。」
と、一歩退く。しかし、負けじと津久見の方を見て
「治、治部殿は何とお考えじゃ。申してくだされ。」
と、津久見に話を振る。
津久見は一旦心を落ち着かせる様に目を瞑り深呼吸をする。
そして言った。
「家康さんと二人でお話させて下さい。誰もいない、あの三重塔の上で!」
と、大きな声言った。
家康は驚きを隠せないでいた。
いや、部屋の中の者全員が。
第23話 完