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 何度も二つの世界を行き来するのを繰り返す中で、お母様の表情を見極めるのも、かなり上手くなったと思う。たまにお父様ですらお母様のほほ笑みに隠された真意に気が付かないことがあるから、この屋敷で一番お母様の気持ちに気が付けるのはわたし、と言っても過言ではないだろう。


 閑話休題。


 今はセルニオッド様に挨拶することに専念しよう。本当はあれこれ情報を聞き出したいけれど、セルニオッド様がわたしに興味があるというのなら、もっと話をしたいと思わせ、本人からいろいろと聞き出せばいいまで。


 それに、情報が少ない今では断言出来ないが、もしかしたら、これは好機に思える。

 だって、セルニオッド様がわたしに興味を持ったことなんて、今まで一度もなかった。

 親に決められただけの、愛も情もわかない、都合のいい立場にいる政略結婚相手。

 それが『わたくし』。


 だからこそ、興味を持ってもらうことがまず大変だったのだが、今回はそんなことをしなくても、勝手に興味を持ってもらっている。一番苦労するといっても過言ではない部分がすでになんとかなっている。これを利用せず、どうするのか。


 今度こそ、幸せになりたい。誰かに、わたしが死ぬことを悔やまれながら、息を引き取りたい。

 それが伴侶となる男だったら最高だけど――そこまでの贅沢は言わない。


 結局、この世界は乙女ゲームの世界で、わたしは悪役令嬢なのだから。


「――サネア嬢!」


 そのはずだったのに。

 きらきらと輝かしい表情で、わたしを見るセルニオッド様。

 まだ幼い顔立ちで、きりっと格好よく決めようとしているのに、わたしに会えたのが嬉しいのか、口角が上がってぴくぴくと動いている。


 いつだって、セルニオッド様はわたしにたいした表情を向けてくださらなかった。無表情か、怒った表情か。わたしが『わたくし』を何度も繰り返した途中――まだ、セルニオッド様に恋をして執着していた頃だから、比較的、最初のほうだったと思う。


 一度くらい、彼の見たことがない表情を見て見たくて、でもできなくて、怒りや憎悪の表情を向けられるだけでもいい、と、本当に、悪役令嬢として、ゲーム以上の悪行をつくしたこともある。それでようやく怒った顔を見られたくらいだ。

 それほどまでに、この人は、わたしに興味を持たなかったのだ。


 それは、今ではどうだろう。

 こんなにも、明るい表情をしている。


 わたしの気分が一気に上がったのが分かる。一度も見たことがない、笑顔だ。もしかして、今回こそ、うまくいく?


 ――いや、駄目だ、落ち着きなさい、わたし。


 彼はいつだって、わたしに優しかったことなんてない。たったひとかけらの情けをくれたことすら数える程しかない。もう、数えきれないくらい、二つの世界を行き来し、何度も生まれなおっているというのに。

 『サネア・キシュシー』と『セルニオッド・カルニル』は、結ばれない運命なのだ。もう、何度も繰り返したこの命が、それを証明している。


 だから、期待しては――駄目。


 そう、自分に言い聞かせてみても、かつて欲しかったその表情が、自分に向けられていると自覚しているだけでそちらに気を取られてしまう。

 もう二度と好きにならないと決めたし、愛想をつかして愛情もほとんど残っていないけれど、それでも、一度も見たことがないような表情には、つい、目が行ってしまうのだ。だって、本当に、あんなセルニオッド様、見たことがない。


 頭の片隅で、いつかの『わたくし』が喜んでいるような気がした。

 ――わたしにとっては、もう、どうでもいいけれど。

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