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わたしが箱を取り出すと、一瞬にして、セルニオッド様がパッと顔を明るくさせた。随分と分かりやすい笑顔。でも、すぐに取り繕うように、王族らしい微笑みに変わる。
……根本的にセルニオッド様が変わられたようではないけれど……。
でも、箱を開けて見せると、やっぱり、セルニオッド様の表情は崩れた。
「すごっ――ばらしいですね」
すごい! と言おうとして、慌てて言い直したようだ。全然ごまかせてないけど。
「ええ。わたくしの物と合わせると、一つの絵になる刺繍も施されているんです」
わたしは自分が持っている分のハンカチを取り出した。セルニオッド様の隣に並べると、模様のように見えていたものが、実は一つの絵柄になるのだということがよくわかる。
ちらり、と彼の表情を見れば、目がきらきらと輝いていて。少し前のセルニオッド様に戻ったようだった。
……元のセルニオッド様がいなくなったわけではないようね。
でも、どうして急に大人びた行動をとるようになったのかしら……。
やっぱり、フィトルーネと出会って、恋に落ちた、とか……?
彼が我が家に来る頻度が落ちたのは、明夜祭より後のこと。その直後は、わたしから、彼を明確に避けた。ランセルテにかまったり、ルイネオスと出会ったり。
そして、その後、彼の方から、会う頻度が減った。
つまりは、わたしが意図的に避けていた期間に出会うようなことが――。
――明夜祭?
わたしの中で、何かのピースがカチッとハマった気がした。
そう言えば、明夜祭でデネティア様がソープカーピングの石鹸を売り出していなかった? 花の形に彫った石鹸。
そして、フィトルーネの生家の領地は、国内一、パロメの栽培が盛んな土地。パロメという植物からとれる油がこの国の石鹸の主成分である。
つまり、デネティア様の石鹸が明夜祭でとても売れ、商売を広げるためにフィトルーネのいる領地へと彼女が訪れて――その際、セルニオッド様がデネティア様についていれば。
フィトルーネと会う機会が存在する……!
わたしが、普段なら手に入れなかった『夜旅』のガラス細工を手にしたことで、今までありえなかったサマリのつながりを見つけ出したように。
今まで石鹸の事業に手を出したことのなかったデネティア様のつながりで、セルニオッド様とフィトルーネが出会う可能性が生まれたのか。
どうして今までその可能性に気が付かなかったの、わたしの馬鹿……!
こんな土壇場で、こんな失敗に気が付くだなんて、馬鹿、間抜けとしか言いようがない!