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うじうじと悩むわたしとは裏腹に、セルニオッド様へハンカチを届ける日程はトントン拍子に進んでいき、あっという間に王城に向かう日になってしまった。セルニオッド様が我が家に来る頻度がめっきり減ったので、何だかすごく久々に会うような気がする。
「ようこそ、サネア嬢」
そう言ってわたしを出迎えてくれたセルニオッド様は、随分と落ち着いた様子だった。成長した、大人になった、と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、わたしからしたら、以前のセルニオッド様を思い出させるので、子供っぽくて素直だったセルニオッド様の方がずっといい。
――……それにしても、客室ではなく、まだ、わたしを私室に案内してくれるのね。
わたしが招待されたのは、王城の使用人が複数人控えた、セルニオッド様の私室。わたしはまだ、彼にとって、ちゃんと婚約者、という認識でいいのよね? 本当にわたしが微妙な立場になってしまっていたら、彼が私室にわたしを招くことは、周りが許さないだろう。
用意されたお茶を飲みながら、雑談をする。……のだけど。
「どうかしましたか、サネア嬢」
「……いえ、何も」
セルニオッド様は、すっかり敬語になってしまっていた。いや、まあ、こちらの方が、印象がいいと言えばいいんだけど。
多少崩した言葉、それこそ、上から目線のような言葉遣いを、王族が使うことは、あまり咎められない。偉そうな口調、とはよく言うけれど、実際に偉いのだから。歳をとり、王位を継承するような年齢になれば、むしろそちらの方が好ましい、とされるくらい。
でも、やっぱり、基本的には、物腰が柔らかかったり、とっつきやすそうだったりする方が、嫌な印象を与えないものだ。子供っぽい、と舐められそうな話し方よりは、落ち着いて敬語を使って、大人びて見える方がいいんだろう。……周りからしたら。
いつまでも子供っぽいままのセルニオッド様ではない、とは分かっていたけれど……こうして、中々会わなくなったタイミングでこう接されると、なんだか突き放されたように感じてしまう。
前までのセルニオッド様に近くなってきているから、悪く考えてしまうだけ? それとも、わたしが、素直な彼に恋心を感じていたから、さみしく思うだけ? ……でも、それってなんだか、彼の成長を喜べないみたいで、嫌だわ。
「それで――セルニオッド様。こちらがお約束の品ですわ」
キリよく雑談が途切れたタイミングで、わたしはハンカチの入った箱を、取り出した。