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お店との都合を擦り合わせて数日後。
わたしは白街へと来ていた。
まさか、この年で一人で白街にこれるなんて。今まででは考えられない展開だ。
いや、まあ、今日はシュテルビリーへと行けるだけ。他に寄り道はしない。お母さまとそういう約束だから、別のところへ、ふらっと行けるわけではないんだけど。仮にわたしがもう少し遊びたい、と言い出したところで、オリーテと護衛は言うことを聞かないだろう。
わたし付きのメイドともなれば、わたしの言うことが優先されることはままあるけれど、基本は雇い主であるお母様やお父様の命令の方が絶対。わたしがもっと成長したり、お母様たちの言い分の方がおかしければ、彼女たちはわたしの味方になってくれるだろうけれど、ただの我がままであれば聞いてくれないに決まっている。
オリーテがシュテルビリーの店の扉を開けると、「いらっしゃいませ~」と、アルテフが出迎えてくれた。今日の店番は彼らしい。――……いや、彼の母親らしき人もそばにいた。
前回とは違い、わたしが何者か分かって、それでもなお、アルテフに丸投げしようとは思わなかったのだろう。というか、普通はそうだ。
アルテフ・シュテルビリーは高等学院で会うのではなく、校外で話が展開していくキャラクター。ゆえに学生である必要もなく、わたしやフィトルーネよりも少し年上。サマリほどは離れていないけれど。
それでも、今の彼は、まだまだ子供に分類される年齢。『アルコルズ・キス』より十年前だから……。今は七歳か八歳、というところだろう。
ちょっとした店番ならまだしも、貴族相手の対応をやらせるには荷が重過ぎる。
「完成品のほうは、こちらになります」
そう言って、彼の母親が見せてくれたのは、二枚の白いハンカチだった。
細かなレースの縁取りだけでなく、布地にも刺繍が施されていた。ハンカチを二枚並べると、鳥が向かいあっているように見え、それだけでなく、一つの絵柄が完成される刺繍もある。
どこからどう見ても、二枚で一セットのハンカチだ。
おそろいだと分かるようなものを、と注文したのに、それ以上のものを作ってくれた。
「素晴らしいですわ」
わたしは少し大げさに言って見せる。しかし、素直な感想でもあった。
アルテフが作る、とは言っていたけれど、こんなにもすごいものを作ることができるなんて。
もう一つの世界で、アルテフが作った、という体のグッズが売られることもあったけれど、所詮は機械による既製品。本当の意味で彼が作った作品を、わたしは今まで見たことがなかったのだ。
しかし、実際に見れば分かる。彼の一品は、機械によってつくられたものよりもずっとすごい。




