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ランセルテに教えられ、わたしは我が家にある『しがない旅人』――サマリの本を自室に持ち帰り、全て読んだ。全て読んだ、と言っても、『星空の旅』のほかに、もう二冊しかなかったのだけれど。ランセルテ曰く、最近デビューした新人の作家らしい。
三冊とも旅行記で、実に素晴らしかった。素晴らしかった、のだが……。
妙な違和感に気が付いてから、わたしは、いよいよ、この作者であるサマリは、わたしの知っている、十年後にフィトルーネと恋に落ちる可能性のあるサマリなのでは? という思いがぬぐえなくなってきていた。
というのも、妙に目線がおかしいのである。
視点が貴族のわたしと違う、という話ではなく、物理的に、低いのだ。
サマリの書く文章は、読みやすく、それでいて、自分もその場にいるかのようなリアリティが長所。だからか、読んでいてなんとなく、作者の背があまり高くなく、それでいて、年齢も低そうだ、ということがうっすらと読み取れる。
決定的だったのは、この国のとある街を訪れた際に行った図書館の利用金額。大人のものではなく、子供の利用金額だった。
この国では、一般学院を卒業後に大人と認められる。つまり成人年齢は十五歳。それ以下は子供で――今のサマリの年齢は十三歳。子供の年齢だ。
親が旅商人で、どこかの貴族とつながりさえあれば可能性としては、ある。
「そんな設定――……」
ぼそり、とつぶやいたところで、わたしは首を横に振った。
そんな設定、ゲームにはなかった。
でも、この世界はゲームじゃない。
確かに、旅商人で各地を旅し、実は本を出版していた、なんて設定は、ゲームで使えそうなものだけど、サマリルートのシナリオに深く関わっているものか、と言われると、微妙なところだ。
この世界はゲームよりも圧倒的な情報量を持つ。ストーリーに使えそうになければ余計な情報として省くだろうが、この世界ではなくならない。
人生は、たったプレイ時間三時間強のストーリーで語りつくせない。多少のメディアミックスと設定資料集があったところで、全てを補完できない。
「――……今更、そんなことに気が付くなんて」
分かっているつもりでも、分かっていなかったのだ。
どこかで、何度も繰り返し、何度も情報を集めているのだから、全てを知った気になっていたようだ。
「……馬鹿ね」
わたしは、一人、ぽつりと自室でつぶやく。
三冊の旅行記の中で、サマリが訪れたらしい場所を、全て書き出す。わたしはそのメモを持って、図書室へと向かった。
まだ少し、夕食には時間がある。




