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サマリ。
家名すらない攻略対象の彼は、まぎれもない平民だ。
この国では、平民は家名――苗字をもたない。ただし、アルテフのように、店商売をしている家系は、店名や屋号を、商売が続いている間は家名として使うことができる。だから、アルテフはアルテフ・シュテルビリーと名乗れるが、サマリはそういった家の出身でないから名前しかない。
なので、平民は、意外と同名が多い。もちろん、近所の人と被らない、というような配慮は暗黙のマナーとして行われるようだが。
だから、このサマリも、同名の別人の可能性が高い。
――いや、別人に決まっている。
最初は、サマリ、という、覚えのある名前にドキッとしてしまったが、よくよく考えれば彼は本なんか出すような人物ではないし、年齢だってまだそんな年ではないはずだ。
サマリはいわゆる、年上枠。先生キャラだ。先生、と言っても、正式な教師ではない。高等学院は、生徒が全員貴族。そんな場所で、平民が教師としてやっていけるわけがない。
作中では先生キャラとして扱われているし、フィトルーネはサマリのことを『サマリ先生』と呼び、一部の生徒も教師と同じように接しているが――実際のところは、教師というよりは『教材』に近い。
生まれてから死ぬまで貴族として生きる人間は、貴族としか接しない、あるいは、貴族と接するだけの立場、教育がある者としか関わっていかないことが多い。
しかし、領地を支えるのは、一生接する機会がない平民なのだ。
だから、平民を知らずに、貴族の基準だけで物事を考えると破綻する、と、数十年前から、平民の生活を知る教育が教育課程へと入った。
老若男女、無作為に集められた平民たちが、貴族に平民の生活を、価値観を、常識を教える。そうやって数年に一度、選ばれる五人のうち一人がサマリ。
確か本編の時点で二十三歳という設定だったから……今は十三歳か。
親が旅商人や旅芸人の人間なら、あちこち旅行へと行くのは不自然ではないけれど……かといって、こんな文章を書けるとは思えない。
それに、貴族の家に置かれるような本の出版社は決まっている。特にお母様が本の出入りを管理しているのだ、平民向けの出版社のものがあるとは思えない。
貴族御用達の出版社は、貴族とコネがあるか、平民向けの出版社でよっぽど売れた作家しか、本を出せない。どれだけ面白く、才能があったところで無理なのだ。
あの人に、そんなコネがあるとは思えないし――うん、偶然よね、きっと。