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「……明夜祭」
ルリィの提案は、思ってもみないものだった。
そういえば、そういう時期だったかもしれない。わたしは、思わず、図書館の窓から空を見上げた。晴れ渡った空には、うっすらと、昼間にもかかわらず、月が見えているような気がした。
明夜祭は、この国で行われる、結構大規模な祭りの一種だ。
この世界では、年に一度、昼間に最も満月がくっきりと見え、夜になると月の近くにもう一つ、小さな月のような衛星が見える時期がある。その日は朝が来るまで、昼のようにとまではいかないが、月明かりで、通常の夜よりも明るくなる。
そのときに、昼から夜にかけて行われるのが明夜祭。
月をモチーフにした食べ物はもちろん、絵画やアクセサリーなど、月に関したものが何でも売られる屋台が国中のあちこちで見かけられ、相当にぎやかになる。
貴族はいろいろな屋敷で舞踏会が開かれるが、王城ではあえて開催されない。王城で開催されてしまっては、貴族は全員、そちらへと出席しないといけなくなるからだ。
王の配慮によって、全員、城での舞踏会で明夜祭を楽しむか、それぞれの屋敷で、親しい仲で舞踏会を開催するかが変わる。
今代の陛下は、基本的には個々で開催を促しているが、明夜祭が始まったとされる年代から節目の年には王城で舞踏会を開く、ということにしているようだ。ちなみに今年は王城で舞踏会が開かれる年ではない。
……というか、何なら、明夜祭は、『アルコルズ・キス』のゲーム内でも重要なイベントであり、どの攻略ルートに進んでも、中盤あたりで全員、この祭りに行くことが決まっている。
学院に入ったら、明夜祭の時期で進行度が分かるので、結構重要視していたけれど、学院に入るまでは、セルニオッド様を明夜祭に誘ったところで断られるのが分かり切っている関係でしかなく、スルーし続けていた。
……でも、今のセルニオッド様なら、わたしの誘いを受けてくださるかしら。
普段ならば、「出席する義務はないですよね?」と冷たくあしらわれていたセルニオッド様を思い出していたのに、なぜだか、「いいの!?」と喜ぶ彼の表情が、簡単に想像できた。
「さ……誘って、みようかしら」
明夜祭は、ゲーム内でも重要なイベントだから、学院に入る前に一緒に過ごせたら、と思い、何度も誘ってきたが、結果、一度も誘いに応じてくれたことはなく。それどころか、しつこい、と悪印象を持たれることが多かった。
だから、ここ最近では、明夜祭の時期に声をかけることすら諦めていたのだけれど……。
「手紙を書くわ。ルリィ、準備をお願い」
「かしこまりました」
もしかしたら、応じてもらえるかも、と、少しだけ期待をして、わたしは、全く読めていない本を閉じ、本棚へと戻した。