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別に焦らなくたって、アルテフは絶対本気で言っていない。
現に、威嚇するようなセルニオッド様に対して、アルテフは、にこにこと余裕そうに笑っている。完全に、外野として楽しんでいる目だ、あれは。
それにしても――ここまで分かりやすく牽制しているとなると、ある程度、セルニオッド様からの好感度は高いとみていいのかしら。元より、過去、わたしがやり直してきた中のセルニオッド様に比べたら、随分と対応が柔らかくて、親密度が上がっているように見える。
油断は禁物だけれど、幼少期でここまで仲良くなれたのなら……他の攻略対象へと下手に接するのは悪手かしら。
どの攻略対象のルートでも、サネア・キシュシーは悪役として登場した。そして、退場の仕方は、九割方が死亡として処理される。だからこそ、わたしとしては全てのキャラに、まんべんなく好印象を与えておきたい。別に、男女の情はいらないし、必要以上に深く仲が良くなる必要もない。
死にかけたときに、助けようと手を伸ばしてくれる、その程度の関係性があればいいのだ。悪役にならないよう心掛けても、なぜか死亡フラグはそこかしこに転がっているので、ただ悪くないことを示すのではなく、そこからプラスの感情を持ってもらうように動かねばならない。
そもそも。わたしの目的は、ただ死を回避するだけではないのだ。その先にある、無事に結婚し、子供を産み、子供ないし孫に囲まれ惜しまれて老衰で穏やかな死を迎えること。
なので、下手にセルニオッド様以外の男と親しくなるのも良くない。
王族と婚約している令嬢を略奪した、なんて話になったら、その先にわたしの求める幸せがあるとは思えない。愛する人と結ばれるのが目的なら話は別だけど、むしろ、そこはスタートライン。
だから、婚約を破棄されず、無事に子を成す程度にセルニオッド様との関係を築き、老婆になるまで生き延びるためにあがいている。
今までは、セルニオッド様の気を引くのが難しく、同時に、生き延びることもまた、難しかった。
でも、今回は、既にセルニオッド様の関心は、ある程度わたしに向いている。
そこから更にアルテフへの対策が必要かと言えば――どうなのだろう。
幼少期のアルテフと接するチャンスは、何度も繰り返した行き来の中でこれが初めて。この機会をどう生かすべきか……。
もしも、今回のフィトルーネがアルテフに恋をしたのなら、アルテフに対して何かしらのアクションを起こしておいた方が、生き延びるためにはいいのはそうなんだけど……。
セルニオッド様の気を引くのと同じくらい、フィトルーネが毎回誰に恋をするのかを予測するのは難しいのだ。
恐ろしいことに――フィトルーネは、毎回、セルニオッド様を恋い慕うわけではない。
わたしの生存を難しくしているのは、この二点に尽きる。




