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買い物を終えたわたしたちは、二軒隣にいるという、デネティア様の元へと向かう。
デネティア様が興味を示した店は、どんなものなのだろう、と店先の看板を見て、わたしは驚愕した。
――『シュテルビリー』。
まさか、この名前って……!
「ここは……」
わたしの疑問に、そばに仕えていたメイドが、「レース編みの店のようです。特注でものを作ってくれる、白街では有名な店だそうですよ」と教えてくれた。
シュテルビリー。レース編み。白街で有名な店。
並べられるワードが、どれもこれも、一人の人物を指示しているようで、セルニオッド様と手を繋いでいない方の指先が震える。
セルニオッド様に引き連れられ、わたしは入店する。店内には、見本なのか、レースのハンカチやコースター、テーブルクロスにカーテンと言った、様々なレース編みの布製品が並べられている。そのどれもが見事な出来栄えで、貴族のための専門の職人と比べても劣らない。平民でも手が出る値段でこれを買えるというのは、ちょっと信じがたい話だ。
「いらっしゃいませ~」
店の奥にいる、店番であろう少年は、人なつっこそうな笑みを浮かべている。
緑とも青ともとれる色をした明るい髪に、目を開いているのかと聞きたくなるような細い目。いい印象を与えるような笑みをうっすら浮かべていることで、逆にちょっと怪しい雰囲気を出している表情。
「おっ、これはこれは、可愛らしいお嬢様! 今日は何をお求めで?」
そして、ちょっぴり軽い誉め言葉。
間違いない――攻略対象の一人、アルテフだ。
アルテフ・シュテルビリー。
『アルコルズ・キス』では、女好きなキャラクターとして出てくる。手先が非常に器用で、実家の手伝いも子供の頃からしているほど。一番レース編みが得意、ということもあり、同じく攻略対象であるアメジクと仲がいい。という設定。アメジク様は、女装の際に、レースの髪飾りやハンカチなどを、シュテルビリーでそろえているからだ。
白街に住む、攻略対象。
彼が幼少期から手伝いをしている実家、というのが、まさにこの店なのだろう。
まさか、ここで会えるなんて。交流を深める以前に、邂逅自体が難しいのに。
どうやって好印象を持たせようか、と考えていると――セルニオッド様はわたしの手を引っ張った。
「可愛いでしょう、僕の婚約者なんです!」
ちょっと語気を強めてセルニオッド様が言う。可愛い、婚約者、という部分がことさら強調されているように思う。
……わたしがアルテフに可愛いって言われてときめいたとでも勘違いしたのかしら。