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平民街近くの白街は、なんだかんだ言って新鮮だった。そもそもこの年齢で白街に出ることがない上に、こっちの方は店の入れ替わりが激しいのか、知っている店がほとんどない。
十年後までには店を畳んでしまうのか、それとも、ループを重ねるごとに変化する部位であり、そもそもわたしが知らないだけで、前回にはなかった店なのか。
意外と興味深く、デネティア様が、目的もなく店を歩いてみたい、と思う気持ちが、少しばかり分かったような気がした。
「そういえば、サネ……サナは、好きなものって何?」
「好きなもの、ですか……?」
「そう! 婚約者たるもの、相手の好き嫌いくらい知っておかないと!」
セルニオッド様にそう言われて、わたしは考え込んでしまう。
好きなもの。好きなものか……。あまり深く考えたことがなかった。
わたしにだって、好きなものの一つや二つくらい、あるに決まっている。でも、意識して、これが好き! というものは、パッと思いつかない。
何かを選ぶときに、「それ、好きなの?」と聞かれれば、肯定するだろうが、それはおそらく無意識で選んでいるものなので、いざ改めて問われると、少し困ってしまう。
何か――何かないかな。
特にこれといってないです、なんて言ってしまったら、そこで会話が終わってしまうだろうし、態度も良くない。別にどうでもいい相手だったら気にしなくてもいいだろうけど、これから関わり続けていく相手なのだ。そんなことはできない。
わたしはあたりを見まわして、これが好き、と言えるものはないだろうか、と探していると――。
「……サナ?」
わたしは思わず足を止めてしまう。とある店の、店先に飾られているものにくぎ付けになってしまったからだ。
だってあれは……! 十年後にはとんでもないプレミア価格になっている、ヴィアラクテ工房のガラス細工……!
まるで夜明けの星空を連想させるような色のガラス細工が有名なヴィアラクテ工房。その中のシリーズの一つ、『夜旅』という、ヴィアラクテ工房の作品の中では、異質の、真っ黒な、それでいて光の加減によってはうっすらと青が見えるような、そんな色をしているものがある。
そして、あそこにあるのは、『夜旅』の第一弾、旅人をモチーフにした小人のガラス細工の置物。
正規の値段なら、平民でも十分手に入る範囲なのに、十年後には貴族ですら手が届かないような価格で取引されるようになるのだ。というか、そもそも市場に出回らない。
それなのに、あの雑貨店の窓から見える物は、プレミア価格を知っているわたしからしたら、とんでもなく安い値札が付けられている。
ほ、欲しい……すごく、欲しい!