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しばらくすると、ようやく目的の場所に着いたようで、馬車が止まる。……本当に平民街に接する関門のすぐそばなのね。馬車を降りてすぐ、平民が最も利用する関門が、遠くにあるのが見えた。
「そういえば……今日は何を買うんです?」
買い物に行く、とは聞いていたけれど、何を買うかは聞いていなかった。城に直接商人を呼びつけるのではなく、わざわざ店に出向いたのだから、すぐに欲しいもの、あるいは店舗にしかないものを買うのだろうか、と思っていたのだけど……。
「特に決めてません。無駄遣いは駄目だけれど……たまには、自分の足で歩いて、手に取って選んでみたいでしょう?」
デネティア様は、にこっと、茶目っ気たっぷりに笑った。
目的のない買い物だったらしい。そりゃあ、商人を呼び出すのでは叶わないか……。
わたしは商人を呼び出しての買い物は、楽でいい、と思っていたけれど、買い物自体が好きな人間からしたら、窮屈に感じるのかもしれない。
「……そうだ。サネア嬢。よろしければ、セルニオッドと手をつないでいただけませんか?」
なんてことないように言うデネティア様の言葉に、わたしとセルニオッド様の、「えっ」という驚きの声が重なった。
「護衛がいるので、迷子や人さらいの心配はないでしょうけど……万が一、ということもあるでしょう?」
わたしはちらり、とあたりを見る。……王妃と王子、侯爵令嬢のお出かけ、というだけあって、三人ほど護衛がいる。
他の客に威圧感を持たせないように、分かりやすく制服を着て、護衛、という恰好をしているわけでもないけれど。
それに加えて、わたしの家からも、一人、護身術の心得があるメイドがわたしの供としてついてきている。計四人。これだけの人数がいて、迷子になる方が難しいと思うのだけど……。
「ね? いいでしょう?」
デネティア様の笑顔は、少しばかり圧がある。意地でもわたしとセルニオッド様と、手をつながせたいらしい。
それに加えて、わたしの隣から感じる、無言の圧。セルニオッド様も、すっかりその気らしい。
「……まあ、構いませんわ」
わたしがそう言うと、そっとわたしの手に、セルニオッド様が触れる。
「サネア嬢が――ううん、サナが迷子にならないように、気を付けるね!」
そう言って、わたしの手を握るセルニオッド様の手は、子供特有の、ふっくらとしたものだった。
「…………ありがとう、ございます」
初めて握ったセルニオッド様の手は、子供体温、というものなのか、随分と温かく感じたのだった。