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きっとお母様には、具体的にどの辺りへと行くかは伝えていないのだろう。お母さまが知ったら、それとなくたしなめるはずだし。お母様はお母様で、貴族用の関門近くのところに行くと思っているのだろう。
それにしても、ますます王妃らしからぬ行動に見えてくるというか……。わたしが一度疑って、そういう目で見てしまっているから、行動がいちいち引っ掛かってしまうものなのかしら?
「ちなみに、僕の名前は『セリ』だからね!」
セルニオッド様は楽しそうに言う。安全な場所で、親公認とはいえ、名前を偽るというのは、お忍び感が増すのだろう。護衛がいるから、周りの人から見たら、高位の貴族であることは一目両全だとも思うが、あんまり野暮なことは言うものではない。
それにしても、セリ、とは……ちょっと女の子っぽい名前じゃない? きっとセルニオッドという名前の頭の方から取られているんでしょうけど。もう一つの世界の記憶があるからだろうか。向こうの世界の女子の名前の響きに感じてしまう。
でも、セルニオッド様は気にいってらっしゃるようだし、水を差すようなことは言わない方がいいわね。
「でしたら……わたくしは、『サナ』、でしょうか」
セルニオッド様と同じように、サネアの最初の方を取り、少し変える。
似たような名前の付け方をしたのが気に入ったのか、セルニオッド様は「サナ! いい名前!」と顔を明るくした。
「じゃあ、今からサネア嬢はサナね。僕のこともセルニオッドじゃなくて、セリって呼んで」
「分かりましたわ、セリ様」
わたしがそう言うと、セルニオッド様は首を横に振る。
「そうじゃなくて……様もつけなくていいよ」
「でも……」
婚約者である王子を呼び捨てだなんて。心の内だけならまだしも、口にしたら、お母様が何というか。お説教で寝られなくなってしまわ。
「僕がいいって言ってるから、いいの。今だけ。ね、いいでしょ?」
本人がそう言うのならならいいのかしら……。
どのみち、平民街に最も近い関門付近まで行ったことは、お母様に内緒だもの。怒られることは明白だ。なら、黙っておくことに越したことはないだろう。
ものによっては、白状した方がいい場合もあるけれど、何でもかんでも明け透けに申告すればいいというものでもない。これは言わなくていい方のこと。
白街のことを当たり障りなく伝えるのであれば、バレることもないはず。
「では……その、せ、セリ、と。……お母様には内緒にしてくださいませ」
「うん!」
パッと再び笑顔を浮かべるセルニオッド様。
たった一言、名前を呼ぶだけに、随分と緊張する。かつての『わたくし』たちが許されなかったことを、わたしがしてしまっているからだろうか。