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お母様に許可をもらい、やってきた白街は、記憶にあるものと少し違った。わたしがいつも見てきたのは、わたしが高等学院に入学して少し経った後のこと。つまりは、今、馬車の窓から見ている白街は、わたしの知る白街から十年前のものになるのだ。
十年前のものとなれば、将来入れ替わっている店もあれば、まだ建ってすらいない店もある。十年後には高等学院で知らない人間が誰もいないと言われるほどの人気店も、今はまだひと気がないことも。
記憶にある白街との違いを探すだけでも、新鮮で楽しい。
「サネア嬢」
夢中になって窓から外を見ていると、セルニオッド様に声をかけられる。振り返ると、実にいい笑顔で、「サネア嬢の偽名は何にしようか」と言った。
「……偽名?」
「うん。ほら、平民街の方の関門近くの店に行くから」
「あらまぁ……」
わたしは驚きの声を、こぼすしかなかった。
治安が良く、警備隊の人間が巡回しているとはいえ、平民街の方に近い白街の区画は、なんというか、ちょっぴり荒っぽい。平民街に近いだけあって、利用客のほとんどは平民だ。治安が維持されているだけで、マナーやしきたり等はだいぶ崩されている。
過去に何度か訪れたことがあるけれど、貴族が使う関門の周辺に並ぶ辺りと、本当に同じ街なのかと疑ったくらいだ。
……というか、そのあたりの区画って、王族は立ち入るのを禁じられているのが暗黙の了解じゃなかったかしら……。
同じ白街の敷地内なので、表立って名言されていないが、王族や、その流れを組む高位の貴族は近寄るのを良しとされていない。
というのも、やろうと思えば、関門を突破して、白街を害することができるからだ。
もちろん、警備隊の目をかいくぐることは困難で、理論上可能というだけで、本当に実現されるかは別の話。何人もの命を犠牲にする前提で行動したところで、成功する確率はほとんどないだろう。現に、何度も繰り返したわたしですら、多少もめごとがあったり、貴族に不満を持つ平民が特攻しようとしたという話は、片手に収まる程度の回数聞いたことがあるが、いずれも失敗に終わっていると聞く。
それでも、万が一、ということがあるので、ありえない話ではない以上、危険を避けるべき、という考えがあるのだ。
だから、わたしたちは本来、白街の中でも行ける場所が決まっているはずなのだが……。
ちら、とデネティア様の方を見ると、彼女は実にいい笑顔を浮かべていた。まるで、いたずらが成功したような。
……なるほど、分かった上で、ということなのね。