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わたしは少しだけ、足を止めたことを後悔した。向こうに気が付かなければ、そのまますれ違って終わりになっただろうに。
わたしを案内していたメイドも、かなり緊張しているのが分かる。王城に仕えていたとて、王妃様の専属メイドでもなければ、彼女に会うのはとてもプレッシャーだろう。
「貴女――サネア・キシュシー?」
わたしにそう問うた王妃――デネティア様は、どこか雰囲気が違っていた。
前回までの彼女は、いかにも仕事ができる女、と言わんばかりの、可愛らしさよりも格好良さと強さが前面に出ている女性だったけれど、今はどちらかというと、家庭的な雰囲気がある。恰好良さや強気とは正反対の、温かいとか、優し気とか、そういう表現が合っている風に見えた。
「――早すぎる」
「え?」
思わず、と言ったようにつぶやいた彼女の言葉。聞き間違いでなければ、早すぎる、と言ったように聞こえたけれど、この距離ではあまり自信はない。
聞き返すような言葉を漏らすと、「なんでもありませんわ」と笑ってごまかされた。
「サネア嬢! ここにいたの?」
どうこの場を去ろうか、と考えていたところに、タイミングよくセルニオッド様がやってきた。彼の背後には、慌てた様子のメイドが見える。待ちきれなくてやってきた、というのがありありと分かる表情と状況だ。
「あ、お母さま。こんにちは」
わたしが廊下の真ん中で、不自然に立っていた原因を、セルニオッド様はすぐに見つけた。
「スフィカもいたの? ――……あれ、違う? アメジク?」
アメジク。その呼び名に、ぎくり、と体をこわばらせたのは、わたしだけではない。二階の廊下にいるスフィカ様も、分かりやすく肩を跳ねさせ、その後、すぐにセルニオッド様を睨んでいた。
……というか、前回までなら、スフィカ様も、アメジク様も、姉様、兄様、とセルニオッド様は呼んでいたと思うのだけれど。いや、そもそも、スフィカ様がアメジク様だったとして、どうしてここに? 彼がここにいるなんて、想定外中の想定外なのだけれど!?
いや、でも、そういえば、先ほどスフィカ様を呼ぶデネティア様の声が、少しばかり詰まっていたような……。あれは、アメジク、と声をかけようとして、ぎりぎりで言い直した、ということなの?
「よろしかったら、お母さまとアメジクも僕の部屋に来てください。サネア嬢に、僕の家族を紹介したいです!」
混乱し、状況を全く飲み込めないでいるわたしをよそに、セルニオッド様はそんな風に二人を誘っていた。
まっ……待って! ちょっと待って!
あまりの展開に待ったくついていけない。侯爵令嬢の肩書をぶん投げて、状況説明を詰問したいくらいだった。
もちろん、そんなことは叶わないのだけれど。