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ランセルテの話は嘘ではなかったようで、すぐにルリィがわたしのことを呼びに来た。セルニオッド様が訪問してきたから、と。
わたしは少し迷って、脚立をそのままにし、ランセルテに別れを告げて図書室を出る。本当は脚立を元の場所に戻してから行きたかったけれど、今のわたしではササッと片付けることはできないし、ランセルテに頼むには脚立は大きすぎる。かといって、呼びに来てくれたルリィにも頼めない。彼女は彼女で、わたしが客室へと行く際の共をしないといけないから。
どうせまた後で本の整理をしたいからいいか。お母様にバレたら怒られるかもしれないけど、セルニオッド様を待たせる方が問題なので、そこまで派手に叱られることはないだろう。……多分。
客間に着くと、ソファに座っていたセルニオッド様が、パッと顔を明るくして立ち上がる。今回、わたしが彼に会うのはこれで二度目だが、こんなにも前回までと態度が違う彼になかなか慣れそうにもない。
「こんにちは、サネア嬢」
「……ごきげんよう」
にこにこと、実に楽しそうなセルニオッド様とは裏腹に、わたしの気分はあまり良くない。というか、彼に関わるときはいつだって、失敗しないように、と気を張っているので、気楽に楽しめることがない。
テンションが妙に高いセルニオッド様は、わたしが席に着くと、彼もまたソファへと腰を下ろし、なんてことない雑談を始める。
本題前の日常会話。それを聞きながら、わたしはセルニオッド様への対応を考えていた。
セルニオッド・カルニル。
乙女ゲーム『アルコルズ・キス』のメイン攻略キャラクターである彼が、『わたくし』――サネア・キシュシーに興味を持たなかったのは、ひとえに、彼の両親の影響が強い。仕事関係としての夫婦と、陛下には王妃以外の愛する特別な女性がいるという事実。
それを間近で見てきた彼にとって、政略結婚が当たり前であり、同時に政略結婚では恋愛をするものではない、という認識を持つようになった。
だから、政略的な婚約者である『わたくし』に、興味を持つことはなく、必要最低限以上の関わりを求めてこなかったのだ。
でも、今、わたしの目の前にいるセルニオッド様は、根底から違う。
今までとは違う行動をとらねばならない、どころの話ではない。もはや、別人として認識しないといけないのでは。
何もかも、今、わたしが持ちうる情報が通用しないかも、という事実に気が付き、わたしは早々に、死んでやり直したい気持ちになってしまった。
……いや、本気ではないとはいえ、そんなことを考えては駄目、負けよ。
わたしは今度こそ、幸せになってみせると決めたのだから。