16
脚立の一番上に腰を掛け、本を読んでいたわたしが、派手に驚いたのだ。ぐらり、とバランスが崩れる。
「――ッ!」
わたしは、とっさに本棚の棚部分を両手でつかんだ。幸い、大きく脚立が揺れることもなく、脚立が倒れて下に落下する、という事態は免れた。バサバサと、手に持っていた本は全て落としてしまったけれど。
「だ、だいじょうぶ、ですか!?」
声がする方を見れば、そこにはランセルテがいた。落ちるかもしれない、という状況だったばかりのわたしは、小さく、「大丈夫……」と返すのがやっとだった。
つかんだ棚の部分を離すのも怖かったが、このまま、今の精神状態で脚立の上に居座る方が危ないだろう。わたしはゆっくりと、脚立から降りる。
「きゅ、急に話しかけて、ごめんなさい」
無事に床へと足を付けたわたしに、本を拾ってくれたランセルテが、気まずそうにこちらを見ながら謝ってくる。
「ううん、気にしないで」
ようやく、不安定な場所から降りられたからか、だんだんと落ち着きを取り戻してくる。ランセルテから本を受け取り、状態を確認するくらいには、余裕が出てきた。……角がちょっとへこんでるけど……まあ、このくらいなら、大丈夫でしょう。
「何か用事だった?」
言いながら、わたしは、過去のことを思い出そうとしていた。わたしが本棚の整理をしている最中に、ランセルテと会ったときが、前の周回であっただろうか、と。
ランセルテが読書好きだと気が付いてからは、ランセルテが図書室に行ったときに後をつけて、あたかも偶然を装って声をかけた。ランセルテの趣味を知る前は……どうだったかしら。
多分、あったかも……そのときは、どう対応していたのだっけ。
もう少しで思い出せそうだったけれど――。
「窓から、馬車が来たのが見えて……セルニオッドさまが、乗ってたみたいだから」
――ランセルテの言葉に、思い出そうとしていたこと自体、どこかに吹っ飛んでしまった。
「せ、セルニオッド様が……?」
考えてもみない状況に、わたしの声が、情けないほどに裏返る。今のを、お母様が聞いていたら、それはもう怒られたことだろう。
本の整理をしているときに、ランセルテと会うことは、珍しくとも、何度か会った。でも、セルニオッド様が、わたしの家に尋ねてきたことは、一度だってない。
これはもう――今までと同じ手は、ほとんど通用しないのでは?
薄々分かっていたことではあったが、いざ、はっきりと思い知らされると、逃げ出したくなってきた。
まだ、こちらの世界に戻ってきて、一か月程度しか経っていないというのに!