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お父様がセルニオッド様に挨拶をしているのを、どこか遠くて聞いていた。ああ駄目だ、今は挨拶に集中しないと。お母様にしかられてしまう。
お父様がセルニオッド様にわたしのことを紹介したのを聞くと、わたしは両手でスカートの裾を軽くつまみ、緩く膝を折った。
「お初にお目にかかります。サネア・キシュシーと申しますわ。以後、よろしくお願いいたします」
何度も行った、セルニオッド様への挨拶。今更緊張することもないはずなのに、今のわたしの心臓は、どきどきと早鐘を打っていた。
今までとは何が違うのか。早く、その謎の答えが知りたくてたまらない。
――だって、もしかしたら、もう、志半ばで死ななくても済むかもしれないのだから。
「初めまして、サネア嬢! 僕はセルニオッド・カルニルです。よろしくね、僕の婚約者さん」
そう言ってほほ笑むセルニオッド様は、幼いながらも、わたしの中のイメージの『セルニオッド様』にそっくりだった。いやまあ、本人だから、似ているのは当たり前なんだけど。 でも、表情が全然違うから、セルニオッド様によく似た別人にしか見えない。だからこそ、イメージのセルニオッド様。
ヒロイン視点で見た彼が幼くなればこうなるのだろうな、とも言える。というよりも、こんなグッズ、いつかの別世界で売られていなかったかしら。攻略キャラが全員子供化されていたものが。
わたしの中のセルニオッド様は、いつでも結婚適齢期のお姿だ。婚約破棄という大きなイベントが起こるのはその時期だし、そうじゃなくても、『アルコルズ・キス』で登場するセルニオッド様はそのくらいの年頃で。
「今日はお誕生日、おめでとうございます! 急に来ちゃって、ごめんなさい」
「いいえ、嬉しい限りですわ。お祝いのお言葉、ありがたく頂戴いたします」
本当、急に来てびっくりだわ。とは言えない。流石に。
でも、今日の主役がわたし、ということは忘れていないのか、それとも、長居しないほうがいいと、誰かに言われてここに来たのか。どちらかは分からないけれど、少し会話をして、セルニオッド様は帰ってしまうようだった。
「サネア嬢、よかったら今度、王城に遊びに来てください! 招待状、出しますね」
王城。あそこには、嫌な思い出しかない。体の前で組んでいた手に、少しだけ力が入る。
セルニオッド様へ会いに王城へ行っても、あくまで婚約者としての義務を果たす為にしか会ってくれない。むしろ、会ってくれないことの方が多いくらい。そんな態度にひそひそと陰口を叩く使用人。
そして、ある日見てしまった、王城での、セルニオッド様とフィトルーネの逢瀬。
何一つ、いい思い出がない。喜びに満ちていたのは、本当に最初、『アルコルズ・キス』のことを何も知らない『わたくし』――一回目のサネア・キシュシーがセルニオッド様へ会いに行った、最初の一、二回までである。お母様に育てられたわたしが、セルニオッド様に疎まれていることを察するには、その一、二回だけで十分だった。
だから、本当は、王城なんて行きたくないはずなのに――。
「ええ、是非ともお伺いしたいですわ」
わたしはそう、答えてしまっていた。
――わたしも早く、どうして今回のセルニオッド様がいつもと違うのか、知りたいのだ。
もしかしたら、わたしの幸せな生き残り生活計画を練り直さないといけないかもしれないのだから。




