お嫁様のさがしもの
もう少しで式が始まる時に、「あっ!」と声をあげたお嫁様は、口元に手をあてて固まっていました。
「どうしたの?」
お婿様が声を掛けましたが、何も言わずに首を振るばかり。
「な、なんでもない…大丈夫…です」
お嫁様は俯いて、ただそう言います。
お婿様は、気になりましたが、それ以上話をすることはできませんでした。
そう、式を始める為に、お婿様は少し先に行かねばならないのです。
お嫁様は、控室に一人。自分の荷物を漁りだしました。
「ない…。やっぱり玄関に置いてきたんだ…どうしよう…」
お嫁様は、目の奥が熱くなって泣いてしまいそうになりました。
「お父さん…ごめん」
お嫁様は、涙がこぼれないように上を向いていると、お母さんがやってきました。
「ほら、そろそろあなたも行きますよ」
お母さんは、お嫁様の手をぎゅっと握った後、真っ白な綿帽子をかぶせます。その顔は、なんともまぶしいものを見るように、でも優しい顔をしていました。
「お父さんも、彼岸から見ていてくれていますよ」
「でも…あのね、お母さん…私、忘れちゃったの…お父さんの形見…多分玄関だと思うのだけど…」
お嫁様はそう言ってしまうと、涙がほろほろとこぼれてきてしまいました。
「大丈夫よ。 ちゃんとお父さんは見ていてくれます」
「でも…」
お嫁様は白い顔につぎつぎと涙をこぼし、お母さんの手を握っています。
「ほら、泣かないで。 今日はあなたの晴れの日。 あなたが泣いていてどうするの? お父さんに困った顔をされますよ?」
「はい…」
お母さんは、涙を綺麗に拭いてあげると、お嫁様の手を取り歩き出します。
扉の外は神殿へ続く回廊。柱から覗く青空が、とても澄んでいて綺麗で…。
だけども、見上げるとそのまぶしさに世界は白く見えます。
「お父さん、私は今日お嫁にいくのに、お父さんの大事な形見を忘れてしまいました。ごめんなさい」
お嫁様は、目が慣れないまま白い世界に足を踏み出すと、隣で手を引いてくれているお母さんの顔に、いつの間にかキツネの面がありました。
「お母さん?」
お嫁様がそう呼んでも、お母さんは反応しません。
回廊をひたひたと歩き、お嫁様はいまだに続く白い世界に瞬きをしていると、神殿のある場所に、ススキが広がる野原が広がっていました。
「…え? 神殿は?」
お嫁様は、お母さんの手を引いても、お母さんは止まりません。
「お母さん! 戻って! おかしいよここっ!」
お嫁様の心臓はドキドキと痛いくらいに打ち、風もないのに大きく揺れるススキは怖く感じるのに、目が離せませんでした。
「ねえ! 戻ろう? お母さん!」
お母さんの腕を強く引き、後ろを振り向くと、先ほど先に行ったお婿様とそのご両親、親族の方々が、キツネの面をかぶって立っていました。
「えっ!?」
お婿様は、空いているお嫁様の手を取り、ススキの野原を指すと、ススキ野原に、白い影が浮かんでいるのが見えました。その白い影は、徐々に人の姿に見えてきました。
お嫁様は驚いて目を見開きました。
「お父さん!!」
ススキ野原にぼんやりと見える影はお父さんで、穏やかに笑っています。
「お父さん!」
お嫁様は走りだそうとしましたが、お婿様とお母さんがしっかりと掴み、離してくれません。
「お父さん! お願い行かせて! ほんとにお父さんなら、ずっとお父さんに会いたかったのっ! お願い!」
お婿様は首を振り、お嫁様をしっかりと引き寄せます。
「お願い! お父さんの傍に行きたい!」
お婿様の腕の中で、お嫁様は叫びますが、誰も何も言いません。ただ、お父さんを見ることしかできずに、お嫁様はうなっていると、お父さんが口を動かし、空を指さしました。
「あっ…」
お父さんの指さした空からは、キラキラとしたものが落ちてきました。
お婿様は、空を見上げやすい様に、お嫁様を支えなおし、自分も空を眺めます。
「雨…?」
お嫁様は、空を見た後、ススキ野原にすぐ視線をもどしました。しかし、お父さんの姿は先ほどより、うっすらとしか見えません。
「お父さん!」
お嫁様が声の限りにお父さんを呼ぶと、ススキ野原は穏やかに風に揺れ、ぼんやりとしていきます。
「お父さん!!」
お嫁様が悲鳴の様に呼ぶと、お父さんはまた空を指し、穏やかに笑い手を振りました。
お嫁様は、その寂しそうな笑顔にお腹の奥から熱くなってお父さんと呼びました。
「お父さん!! おとうさぁん! …おとうさあん! お父さん!」
お父さんが指した空から、雨はぽつぽつ降り続けます。
キツネ面をつけたお婿様は、苦しそうに泣くお嫁様の涙をふき取り、トントンと指でお嫁様の手を叩きました。
そして、お父さんと同じように、空を指したのです。
お嫁様は、かすむ目を瞬かせ、再び空を見ると小さな雨の間に、虹がかかっていました。
「…虹?」
それを見た時、お嫁様の耳に、お父さんの声で、「大丈夫…。 一緒にいるからね。 だって稲穂はお父さんの大事、大事だからね」と、聞こえた様な気がしました。
「お父さん!」
「…な…ほ! 稲穂! 稲穂!」
お父さんとの思い出が頭の中で駆け巡っていたお嫁様は、お母さんの呼ぶ声にはっとしました。
周囲を見ると、控室の椅子の上にお嫁様はお行儀よく座っています。それに、かぶった筈の綿帽子は、まだ膝の上にあり、かぶっていませんでした。
「稲穂! ぼんやりして大丈夫? そろそろ時間よ?」
「……あれ? あれ? 私、外に出て、お父さんにあって、雨で…」
「何言ってんのよ! 緊張しすぎで白昼夢? そう、あなた玄関にこれわすれていった? お父さんからもらった、ヒスイのお守り」
「あっ! それ! よかった…お母さん持ってきてくれてありがとう!」
「ふふっ、良かったやっぱり忘れていってたのね。 あ、そう。 雨といえば、さっき少し降ったみたいよ?」
「えっ?」
稲穂は、勢いよく立ち上がると窓の外を伺います。
お母さんも続いて、窓の外を伺うと、遠くに雨が降るのが見え、その下に虹が見えました。
「虹…が出てる…。これ、夢じゃない…?」
お嫁様は、思わず手の付け根を強く抑えます。…痛みはありました。
「あら、本当! 虹じゃない! 縁起がいい! ふふっ、こんな日に挙式なんて、あなたまさに狐の嫁入りね…。ああ、きっとこの雨、お父さんが嬉し泣きしたのね…」
「えっ? お父さんの嬉し泣き?」
お母さんは頷き、再び空を見上げました。
「狐の嫁入りは、晴れてる日に雨が降る事なのだけども、化かされるとか微妙な事も言われるけど、縁起が良いと言われる事の方が多いのよ? 雨で豊作祈願になるし、虹が出ると幸運と言われるし。小雨は嬉し泣きに例えられたりするからね…」
「そんなに色々な意味があったんだ…」
「そう。だから、私は……きっと、お父さんがあなたの晴れ姿を見て…泣いちゃったんじゃないかなっ…て思ってね…あの人…ロマンチストだったから…」
泣きそうな瞳で空を見つめるお母さんに、稲穂はハンカチを渡しました。そして、ヒスイがついたお父さんのお守りを帯の間に差し入れると、涙ぐむお母さんと一緒に空を見つめました。
「お母さん、私ね、見たの…ううん…。違うかな見つけたんだと思う…」
「えっ? 何を?」
お母さんは、横に立つ稲穂を見て、はっとなりました。そこには、お父さんの面影が重なる稲穂が、まっすぐに空を見つめていました。
「お父さんがね? 私に、大事、大事って言ってくれた時の気持ちを…本当に愛してくれていたんだって事を…私も、その気持ちをもって大事にしていくね?」
「……っ! 稲穂!」
お母さんは、堪えきれずにハンカチを口元に当てると、扉をノックする音が響きました。
「お時間です」
「…はい。 …お母さん、お父さんとも一緒だよ? 行こう」
稲穂は、帯の間に入れたヒスイを見せ、お母さんと手をつないで、また扉をくぐりました。
次は、何も起こりませんでした…。
けれども、扉の前には、お婿様とその両親、親族の皆様が巫女先導にならい、楽しそうに並んでいました。
その上の空には、雨上がりの澄んだ青空が広がっていました――――――。
お読みいただきありがとうございました。