火曜日の名探偵
火曜日、普段は平凡なワケありシングルマザーは名探偵に扮する。
あの頃、母は『火曜サスペンス劇場』が大好きだった。
火サスッキアンとして円熟期を迎えた頃になると、母の推理は本番となる火曜日ではなく前週の木曜日からすでに始まっていた。
貧乏だったので当時、新聞は毎週木曜日だけ購入していた。その日は一週間分の番組表一覧が掲載されているからだ。
まだ、テレビに番組表が表示されない時代の話だ。
運良くキャスト名が載っていると、母は一瞥しただけで「この人が犯人ね」と。
台詞だけなら、いっちょ前の安楽椅子探偵だが、その根拠は大抵の場合、よく犯人役となる俳優の名前が記載されていたからというだけのお茶の間探偵である。
ただ、それも割りと当っていたから困る。
ちなみに、何時ぞやパート先でサスペンスの女王と称される女優さんに似ていると言われたらしく、お世辞を真に受けた母がまんざらでもなさ気にそう語ってきた時は、反抗期に関係なく純粋に鼻で笑ってしまった。すまぬ……。
そして本番当日。
デーデーデ〜ン、デーデーデ〜ン♪
21時、戦いの幕は切って落とされた。
だが犯人の目星はすでについている、となると次は最初の被害者は誰か推理を巡らせるのだが、母にとってそれは造作も無いこと。
いけすかないタイプからいかにも人が良さそうな人物まで、これまでのパターン分析から導き出していく。
デデデデッデ〜デ〜♪
最初の事件が起こったところで一回目のCMが入ると、母が悠然とトイレに立つ、結果は聞くまでもない。
CM明け、ここからは事件の裏に潜む因縁を解き明かしていく。
「実は、二人は赤ん坊の時に生き別れた親子で、我が子を陰ながら見守っていたのに、あの悪そうな奴に目をつけられて、思い余ってグサッ……!」とか。
「実は、あの二人は密かに付き合っていて、以前から難癖をつけてきたいけすかない奴が殺されたことで、恋人同士がお互いを犯人だと勘違いして罪をかばい合っている」とか。
「実は……」
母の推理を聞きながら、ふと、思う。
これって、ネタバレ聞かされてるんじゃ?
しかし、蛙の子は蛙。
その頃、すでに私も美少女探偵を気取っていたので、母と同様ある程度の道筋は見えていた。
ドラマも佳境に入りついに真犯人が明かされるも、その頃にはこっちはもうエンドロール気分。
「聖母たちのララバイ」は、子どもながらに心に染みた。
火曜日の名探偵、母との思い出の一コマ。
少しでも和んでもらえたら、嬉しいです。