第9話
明けて次の日。
執務を終えたハロルドは、深夜遅く邸宅に帰ってきた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
セバスが一人、頭を下げて出迎えた。
かつては使用人一同が総出で出迎えていたが、ハロルドの『無用だ』の一言で、セバスのみが出迎える事が慣例となっている。
「・・・モニカは?」
「はい、執務室の方でお待ちになっております。どうぞ」
そう言うとセバスは執務室に向けて歩き出す。
続けて歩き出すハロルド。
無言で歩く事しばし。
ふとハロルドが語りかけた。
「・・・すまんな、セバス。ようやくお前にとっての喪が明ける日が来ると思ったのだが」
確かにセバスは今日も喪服と見紛う雰囲気の執事服を着こなしている。
「いえ、旦那様が気になさることはありません。これは私の我儘でございますから」
「しかし、な」
尚も言い募ろうとするハロルドに
「それに、私はまだ諦めてはおりませんよ?」
と、少し面白そうに呟くセバス。
ハロルドが、それはどういう事かと尋ねようとした時、セバスの足が止まった。
コンコンと執務室のドアをノックするセバス。
「お嬢様。旦那様がお戻りになりました」
「・・・分かりました。通して下さい」
中で待っていたと思われるモニカの返事を聞くと、セバスはドアを開けた。
室内に入り、一歩右脇に寄るセバス。
続いて部屋に入ってきたハロルドに、モニカは見事なカーテシーで出迎える。
「お帰りなさいませ、お父様」
返事をしようとしたハロルドは、しかし言葉を失った。
モニカが着ていたドレスは薄い緑を基調とした、清楚ながらも華やかさを持った逸品。
かつてカタリナが、『いつかモニカに着てもらうの』と、デザイナーと楽しそうに話し合いながら決めたものだ。
それを覚えていたハロルドは、出入りの仕立屋に命じて卒業パーティーのために作らせており、しかし渡すことなくクローゼット室に置いておくよう命じたはず。
それをモニカが着ている。
ふと泣きたくなる気持ちをこらえ、ハロルドは尋ねた。
「・・・そのドレスは」
「はい、セバスが『旦那様を出迎えるのに相応しいドレスがある』と言って出してくれました・・・お父様が用意して下さったと聞きましたが」
ハロルドは後ろに立っているセバスを軽く睨むと、
「ああ、カタリナがいつかお前に着せたいとデザインしていたドレスだ。昨日のために作らせておいたものだが・・・まさか着てもらえるとは思っていなかった」
その一言を聞いたモニカは少し気まずそうに答える。
「・・・はい、以前の私なら絶対に着ることはなかったでしょうね・・・。それでも今日、私の答えを聞いてもらうためにこのドレスを着させて頂きました」
そう言うとモニカは改めて父親を見つめる。
「そうか・・・モニカよ。答えは出たか?」
顔付きを施政者として改めたハロルドはモニカに問う。
その言葉を聞いたモニカは悲しそうに、しかしはっきりと答えた。
「はい、私の答えは『できない』です」
と。
執筆中に他の作家さんの話を読むと駄目ですね。
勝手に比較して死にたくなります。
それでも書こうとするのは読んでくれる方への矜持か、はたまた意地か。
ものを書きたいと思う業ってのは深いとしみじみ。