第7話
今回はモニカ視点です
取り残された私は絨毯に染み込んだ水にそっと触れる。
この時点で水差しに戻すのは不可能だろう。例え絨毯を切り取って絞ったところで全てという条件は満たされない。あの人はどこまで私に絶望感を与えれば気が済むのだろうか。
「ホッホッホッ、旦那様も無茶を仰いますな」
その時、後ろから楽しげな声が聞こえた。
「セバス、まだいたの?」
「おや御嬢様、それはひどい。久しぶりの親子の会話に胸を震わせていたのですが」
「うるさいわよ!というかセバス、貴方変わった?いつもの貴方じゃないわよ?」
戸惑う私にセバスは笑った。
「はい、今まではあくまでも侯爵家に使える執事としてモニカ様と接しておりました。しかし・・・」
そこでセバスは遠い眼をして言葉を継いだ。
「・・・『貴方達と家族になれなかったのが心残りです』。アクセル様が去り際に言った言葉です。私達を家族と言ってくれたあの方の心に比べ、私はモニカ様達をどうとらえていたのか。あくまでも主人と奉り、私情を挟まず、陰に徹する。言い方を変えれば私は逃げていたのです」
私の眼を見てセバスは誓う。
「ですから私も変わりましょう。叱責されることを厭わず、御嬢様が幸せになるよう微力ながら全力を持ってお力添え致します。」
「・・・ありがとう、セバス」
「御嬢様に素直に礼を言われるとは、長生きはするものですな」
少し驚いた顔でセバスは笑う。
「ええ、失って気づくのはもう嫌なの。遅いかもだけれど」
確かに、私は今まで使用人達に礼を言うことはなかった。給金を支払い雇っているのだから忠義を尽くして当たり前。礼を言う筋合いはない。侯爵令嬢の頭は軽くない、それが貴族だと勝手に思っていた。
「さて。旦那様の課題ですが、まずは不可能であることを前提に話を進めた方がよろしいとおもいます」
「そうよね、だとすればお父様はどういう意図でこんな無茶を言ったのかしら?」
「その鍵は、最後の一言にあると思います」
「『閲覧したいものがあれば好きにして良い』ね。この蔵書の中に答えがあるのかしら?」
執務室の中にある膨大な本を見渡して私は溜め息をついた。
「いえ、旦那様が仰りたかったのはあれの事でしょう」
そう言うとセバスは机の後ろにある壁に埋め込まれている金庫を指差した。
「代々当主のみが使える金庫です。答えはおそらくあの中に」
私は近くに寄って金庫を確認してみる。重厚な雰囲気を持つそれに鍵穴はなく、スペルが書いてあるダイアルを回して開ける仕組みのようだった。
「口伝では、『当代の当主にとって一番大事なものを鍵とすべし』としているそうです」
「・・・詳しいわね、貴方」
「はい、我が家は家祖様が貴族になられた時から執事を拝命しております家柄でございますれば」
少し誇らしげにセバスは語る。
私はふと疑問に思った事を口にした。
「ねえ、セバス。怒らないで聞いてほしいのだけれど。貴方は執事以外の仕事をしたいと思ったことはなかったの?」