第5話
セバスが案内してくれた部屋は伯爵家当主のみが使用できる執務だった。
お母様が生きていた頃、何度か入った事があったが、室内の調度品一つ一つが歴史を感じさせるほど重厚な雰囲気を出しており、子供心に緊張したことを覚えている。
その部屋のほぼ中央部にある机の前に、現侯爵にしてサフィアス王国の宰相、ハロルド・エインズは静かに佇んでいた。
部屋に入った後、一礼して部屋を出ようとするセバスにハロルドは声をかけた。
「よい、部屋の中に居るがよい」
「承知しました」
疑問を抱くことなく、ドアの前に立つセバス。それを見てモニカはハロルドに声をかけた。
「・・・お久し振りです、宰相閣下。この度は我がエインズ家の名を汚すような行いを」
「詫びる必要はない。馬鹿が馬鹿をしただけの事だ、相手にするまでもない。アルフォートを始め、お前の友人達には私が直々に挨拶をする。それで終わりだ」
『終わる』のが今回の騒動なのか、それとも彼らの人生なのか。怖くて聞くことができないが、それでもモニカは勇気を振り絞って声を出した。
「その馬鹿には私も含まれるのでしょうね。私には謝罪することすら許されませんか?」
ハロルドは無言のまま。
その態度に業を煮やし、ついにモニカは大声で叫んだ。
「貴方はいつも黙ってばかり!私が何をしているのか、何を考えているのか興味がないのでしょう!愛の無い結婚で生まれた私なんて邪魔ですものね。例え母が決めた相手とはいえ、何も知らない相手となんか絶対結婚なんてしません!私は、私は」
大きく息を吸い。
「貴方達のようにはなりたくない!」
大声で叫んだ。
泣きそうな顔でハロルドを睨むモニカ。
「何も知らない、か」
ハロルドは一つため息をつき、モニカに問いかけた。
「ならばモニカよ。お前は少しでも彼の事を知ろうとしたのか?彼がどのような食べ物を好み、どのような本を読むのか知っているのか?」
声に詰まるモニカに続けて問いかける。
「もしお互いがお互いを理解し、その上で添い遂げることが無理と思えば話を聞こう。しかし、お前はそもそも理解しようともしなかった。同じ学院にいたのにも関わらず、だ」
「し、しかしお父様だって彼の事を何も知らないではないですか!」
動揺し、思わずハロルドをお父様と呼んでしまったモニカは反論にもならない反論をした。
しかし、ハロルドはさらりと
「彼の好物は鹿肉のシチューだ。煮込み料理が好きらしいな」
と、答えた。
呆然とするモニカをよそに、次はセバスに話しかける。
「最近は隣国が出版した戦記小説が面白いらしいな」
「はい、私もアクセル様にお借りしましたが、本当に面白うございました。今度旦那様もお読み下さい」
「そうか、なら取り寄せる手配をしておいてくれ」
「分かりました、直ちに」
淡々と会話する二人にモニカは何とか声を振り絞る。
「・・・何故、何故です?何故お二人がアクセルの事を」
ハロルドは机の引き出しから大量の手紙の束を取り出し、机の上に置いた。
「一部だが彼からの手紙だ。お前と婚約が決まってから毎週のように届いていた」
ハロルドは軽く笑みを浮かべながら話を続けた。
「色々な事が書いてあった。自分の話から家族のこと。学院の成績や王都の旨い食堂の事まで書いてあった」
「私にも届いておりました。私もつい色々書いて返信しましたな」
セバスも答える。
もはや声も出ないモニカに再びハロルドは語りかけた。
「『初めまして。私は結婚する相手の事を知りたい。だから貴方の事を教えて?』・・・カタリナからもらった初めての手紙の一文だ。カタリナはどのような理由があろうともまずは相手の事を理解しようとした。私も彼女を知りたいと思った」
胸のポケットから出した古びた手紙を机の上に置いたハロルドは改めて問いかけた。
「モニカよ。お前は彼を理解しようとしたのか?お前の行動は正しかったと私に言えるのか?」




