閑話 6月的なアレ
「やっぱり今日も一番綺麗だ。」
嫌味なくらいの男前がそれはそれは魅力的な笑みを浮かべて、うっとりするような良い声で言う。
「バッカじゃないの。僕は男だ。綺麗とかどうかしてるよ。」
今年の春に赴任したライモンド=バルツァーは、10年に1度の大当たりの、すこぶる男前な、結婚したい男NO.1の先生、と女子生徒の噂の的だった。
担当教科の教え方もわかりやすく、人好きのする性格で、少し派手な女子生徒だけでなく勉強好きで真面目な女子生徒、あまつさえ男子生徒にも大人気だった。もちろん女性教諭や事務員も右にならえで、お互いに牽制しまくってる。
担当教科は魔法学、本人の魔力も相当のものらしく、王家の魔法教育者の1人に若くして抜擢されたとか。
出自も王族に連なる血族という噂で、まさにサラブレット様である。
今日もそいつは廊下で女子生徒に呼び止められ告白をされていた。
女子生徒は真っ赤な顔をしてプレゼントを渡している。
ヨレヨレの白衣に眼鏡の、色白で小柄な教師は、その光景を横目に見ながら魔法工学実験室に入ってもくもくと実験器具を棚から出す。
眼鏡白衣の、僕、ブルーメ・クンツェは、このアルトズィルバー学園のしがない魔法工学教師だ。
父が優秀な魔工師で、幼い頃から魔工具に親しんできた延長で魔法工学の道を選んだ。
小さい頃はこれでも神童だったけど、二十歳超えたらなんとやらってやつで。それでも、学生に教えるのは好きだし教師という職は自分に合っていると思ってる。趣味の実験も好きなだけできるしね。
彼女いない歴は年齢と同じ。母親似の低い身長と女顔は少しコンプレックスかもしれない。名前も#花__ブルーメ__#とか女みたいだし。
雪のように白い手で実験器具をセットしていると、実験室のドアがガラリ、と開いた。
開いたドアの先を見て溜息をつく。
「何かご用ですか?」
僕は冷たく言い放つ。
「冷たいなあ、まあそんなあなたも素敵なんですけど。」
僕は眉間にしわを寄せる。無言でドアを閉めようとすると、隙間に腕を入れてそいつは部屋に入ってきた。
「俺はいつでも貴方に用があるんですけどね。」
「僕はないです。さっさと出ていってください。」
そいつを部屋の外に出そうとすると、腕を取られて壁際に追いやられる。しなやかな筋肉のついた両腕で逃げ道を塞がれる。
「ライモンド、冗談もいい加減にー んっ」
しろ、と言葉を紡ぐ前に腹が立つくらい男前の同僚は、花のように綺麗な、綺麗なブルーメの唇を塞いだー。
つづく。
※※※※※
「~~なんじゃこりゃ」
俺はノートを閉じた。最近女子の間で流行ってるという手書きの小説をクラスの女友達から無理やり読めと押し付けられたのだが、意味がわからない。
ちなみにブルーメ先生もライモンド先生もうちの学園の先生だ。少し前から夜の学内の見回り浄化もしてくれてる良い先生たちなんだが・・
他にも保健室の先生や図書館の司書のおにーさんの小説もあるという。女子の想像力って恐ろしいわ。
「なに読んでるんですか?トモユキくん」
振り向くとライモンド先生が、人好きのする笑顔で後ろに立っていた。男から見ても確かに男前だ。
「げっライモンド先生」
俺が悪いわけでもないのにやたら焦る。そして今は授業中だ。
「没収」
にこりと笑ってライモンド先生はその小説を没収していく。
ヤバい。ライモンド先生、読まないよな?
小説を貸してくれたコはムンクみたいになってる。そりゃそうだ。本人ご登場だもんな。
女友達が鼻水を垂らしながら泣くので、授業後に仕方なく職員室にライモンド先生を訪ねていくと、ライモンド先生はすこぶる上機嫌で小説を返してくれた。
読んじゃいましたか?とはなんかわからんけど聞けなかった。
隣の席のブルーメ先生はといえば、女みたいにかわいい顔の眉間にしわを寄せ机にひじをついてものすごく不機嫌そうだった。
俺は先生業も大変なんだなと同情し、職員室を去った。
その日の夜の、寮の隣の森でたまに起こる心霊現象は今までにないほど激しかった。
俺は怖がりなんで布団を頭まで被ってすぐ寝てしまったが。
そして次の週の授業から、ライモンド先生がやたら俺の席の近くを授業中に周ってくるようになったのは、気のせいだろうか。
女友達は相変わらず手書き小説を押し付けてくる。新作は騎士科のやつらの話らしい。
俺は、適度な付き合いというやつでノートを開いたー。