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第一話 速さの向こうを目指した筈が、死の向こう側へ辿り着いたかもしれない。

深夜のテンションで書きました。

 ただ『そこ』へ至る為に己の全てを賭した。

 

 きっかけが何だったのかはもう朧気にしか憶えていない。

 もはやそれは記憶の彼方ではあるが、心の芯を焦がす程の熱量はいつまでも冷めることは無く、それは原動力となって前へ前へとこの身体を突き動かしてきた。


 求めた『そこ』は形無きもの。当然のごとく匂いや味も付いていないし喋りもしない。

 辿り着いたところで何かが得られるのかすら不明。

 そもそも存在するかどうかすら分からないもので、誰かにその事を話せば間違いなく正気を疑われるだろう。

 表情を歪め、まるで理解できない存在を見たという顔で。

 何を言ってるんだお前は? もういい年なんだから将来の事を考えて行動しろ……と。

 実際言われたこともある。


 だが、他人がどう言おうとも、自分は耳を貸さずにただ進み続けた。

 この心が導くままに。時間も、財産も、未来、魂すら賭けて。


 『そこ』が在ると、そう信じて。

 その果てに、己の報われる瞬間が来るのだと、自らに言い聞かせ。

 狂ったように走り続けた。


 そしてあっけなくやってきた人生の最後。

 俺の二十数年、総決算の瞬間。



「ああ、無理だったか……」


 崖下へと落下し、ひしゃげて炎上する車の中、身動きがとれなくなった身体で呟く。

 脱出は不可能。指一本動かすのですら気力を振り絞らなければならない状態だ。

 息を吐くたびに喉から鉄の匂いと共に血がせり上がってくる。きっともう助からない。


 その様な状態だというのに、心の中に在るのは死への恐怖ではなく、『そこ』へたどり着くことが出来なかったことへの悔しさ。

 

「……やれる事は……全て……やったんだが……なぁ」


 霞んでいく視界、眼前まで迫ってくる炎をぼんやりと見つめながら何故こうなったのかを考え……。

 

「まあ……いいか。もう終わるし……な」


 詮無きことだと切り捨てた。

 どうせ死ぬのだから、もう夢は追えない。

 もう『そこ』を目指して走ることはできない。

 此処が終着点。

 あと数分後には、何も手に入れることの出来なかった自分の死体と、歪な鋼鉄の棺桶が残るだけ。

 この他人から見れば無価値な、でも自分にとって何よりも輝いているたった一つだけの願いを抱えたまま終わるのだ。

 

「チク……ショウ。たどり着きたかった……」


 まぶたを閉じる。もう自分が報われる未来は来ることなど無いと理解して。


「でも、楽しかった……な」


 今でも『そこ』を目指すと決めた事に後悔は微塵も無い。

 たった一つだけの願いという光を抱き、一心不乱に駆け抜けた。

 結果こそこの通りだが、ただ普通に生きて死んでいくだけの人生より遙かに楽しい生き様だったと胸を張って言えるだろう。


「はは、何だ。悪くない……人生だったな。ならまあ、良いか」


 痛みが徐々に消えていく。きっとそろそろ死んでしまうのだろう。

 全ての音が遠ざかっていく。意識が肉体から蒸発していく感覚を憶える。

 そして遂に全ての感覚が途絶し、永劫の眠りについたと確信した次の瞬間……。






「ん? んん?」


 何故か再び目覚めてしまい……。


「ニャフフン。相変わらず相棒のモフりテクニックは最高ですニャア。まさにゴッドハンド。

 もうこれ無しじゃ生きていけないニャア。あ、もうちょっと右のほうお願いしますニャ」


 二メートルサイズの喋る猫を撫で回していた。


「……えっと、ここら辺か?」


 何が起こったのか考えつつ、とりあえず言われるがままモフっておく。

 が、俺の頭脳ではこのような状況での対処法など分からないので、流れに身を任せることにする。


「そうそう、そこだニャ。うーんこれはモフリスト九段ぐらいの腕前ニャ」

「九段、分かりにくいな。速さで例えると大体どのくらいだ?」

「最速だニャア」


 最速か、つまりは……。


「俺が一番速いということ。ならば良し! 中々に分かってんじゃねえかお前……ってなるわきゃ無えだろボケがぁ!」

「ニャニャ!?」


 嘗めてんのかこの猫は。猫? いやこんなデカイ猫が存在するワケは……って実際目の前に居るしな。

 あれ?デカイ猫ってそれもうライオンとか虎とか猛獣の類いじゃね?

 それ以前に何で人語を解してるのか分からないんだが、何だコイツ?


「あー、ちょっと聞いていいか? 変なことで悪いが」

「何だニャ?」


 困惑したような声色で返事をするデカ猫に疑問を投げかける。

 意思疎通が出来る様だし即座にガブリされることは無いだろう、多分。

 俺に対して相棒とか呼んでたし。

 

「何て言えば良いのか。えっと、出来たらで良いんだが、お前の種族を教えて欲しい」

「何言ってんだニャ相棒? ケット・シーに決まってるニャ。というか、さっきから何かおかしいが大丈夫かニャ? 主に頭とか」


 失礼な事を言われた気がするが一旦置いておく。

 ケット・シー? 確か猫の妖精だったっけか? 昔やったことのあるゲーム知識が正しければだが。

 しかし、妖精? 妖精か……なるほど理解した。今際の際に見てる夢だな間違い無い。

 まったくビビらせやがって。そうと決まれば話は早い。


「寝たら今度こそあの世だろ多分。在るかは分からんが。寝るか、さよなら現世!」


 そう言うと後ろに倒れ込み目を閉じた。


 


 



 

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