これは死んだあなたに贈るラブレターです
幼馴染って恋愛対象になる?
無い無い、あたし渚はそんな事思った事も無い!
だってあの和也だよ、弟みたいなもんだよ!?
少女は未だに気付かないその本当の気持ちに。
しかし当たり前の日常はある日突然終わった。
失ってから初めて気づく本当の気持ち。
彼女はその気持ちをもう届かないラブレターにしたためた。
永遠に眠る彼の為に‥‥‥
~もう届かないこの思い、せめてラブレターであなたに~
「今度の日曜の試合ちゃんと応援来てくれんのかよ?」
「行くにきまってるじゃん。わざわざそのために時間を取ってあげたんだからあたしに感謝しなさい」
朝比奈渚はそう言って植木和也にスポーツドリンクのペットボトルを投げ渡した。
和也はそれを空中でつかみ取りキャップをひねりそのまま口に運ぶ。
日課のリフティングを庭先でやっていた和也に気付いた渚はいつものようにその練習を自分の家の庭から眺めている。
二人とも今年で中学二年生。
ご近所の付き合いは物心ついた時からしていた。
小学生までは渚の方が背が高かったのに今では同じかやや和也の方が大きくなった。
声変わりも始まり急に筋肉もついて来た和也を見ながら渚はもう喧嘩しても勝てそうにないなぁとぼんやり思った。
和也は中学のサッカー部で今度の試合にやっとレギュラーで出れる事に成った。
毎日欠かさずやっている庭先のリフティングの練習を眺めるようになったのは何時頃からだっただろう?
いつも一緒に遊んでいたのが徐々に遊ばなくなって気付けば和也の練習を眺めるようになっていた。
―― やっとレギュラーが決まったぜ! 渚、今度の日曜試合だから見に来てくれるよな!? ――
当たり前のように言ってくる和也に苦笑しながら女友達とのショッピングの約束をキャンセルして試合の応援に行く事にした。
よくよく周りからは付き合っているのかとか聞かれるけど、付き合ってはいない。
そう言うのじゃないような気がする。
なんと言うか、兄‥‥‥ じゃないから弟か!
そう、姉弟のような感覚と言えばいいのだろう。
渚はそんな気持ちでいた。
よく小説や漫画である幼馴染だからと言って隣の家の男の子を好きになるなんてあるはずがない。
そりゃあバレンタインなんかでは習慣でチョコとかあげてるけど、それは恋愛的なものでは決してない。
和也だってあたしの事はそうは思っていないはずだ。
先日学校の女の子からラブレターもらったとか自慢していた。
嫉妬心なんて皆無で、先にこいつがラブレターもらえた事に腹立ったのを覚えている。
―― 和也のくせに生意気 ――
渚はそう思ったのだった。
「な、なあ。クラスの奴にさ、渚を紹介してくれって頼まれたんだけどさ。渚って会ってみる気はある?」
見ると汗をタオルで拭きながらリフティングを終えた和也は渚からもらったスポーツドリンクを飲んでいる。
一瞬何かの聞き間違えかなと思ったけど「どう?」と聞かれそれが現実である事に気付かされる。
「なにそれ? あたしなんかに興味ある人いるんだ? あたしもまんざら捨てたもんじゃないって事かしら?」
何か違う気はしたけど思わず口はそう言葉を発してしまった。
それを聞いた和也は「ふーん」とだけ言ってそのまま黙ってしまった。
結局その話は今度の日曜の試合が終わってからと言う事でその日は家に戻った。
* * * * *
「行ってきまーす!」
いつも通りに渚は学校に登校する。
ふと隣の家の庭先を見る。
昨日の夜あそこで和也はリフティングの練習をしていた。
今朝は朝練で和也はもう学校に行っているだろう。
そんな和也は友達に紹介してくれと頼まれたことを渚に言ってきた。
その事を思うとなぜかもやもやする。
紹介してくれってどんな子だろう?
かっこいい人かな?
いや、でも和也の友達だしなぁ~
もやもやを払いのけるように渚は学校へと向かった。
* * * * *
学校についたら何やら慌ただしい。
いつになく朝から先生たちが右往左往している。
渚は自分の教室に入り友達に朝の挨拶をする。
「恵美子~、千鶴~、おっはよーう!」
「あ、渚!」
「ねえ渚、あんたの家の隣の植木君何かあったの?」
「はぁ?」
挨拶の返事が何とも奇妙な返事になっているので渚は思わず変な顔をしてしまった。
「今さ、植木君のクラスの子から聞いたんだけど植木君に何かあったらしいよ?」
「えっ?」
渚は小さな驚きの声を発してそのままかばんを放り投げ走り出していた。
数個離れた和也の教室に駆け込む。
「か、和也は?」
思わずいつもの口調で彼の名前をそう言ってしまいながら部屋の中を見る。
「あ、確かA組の朝比奈さんだっけ? 植木君は‥‥‥」
教室にいた女生徒は言いにくそうに渚に話す。
「さっきあたしたちも聞いたんだけど植木君交通事故で病院に運ばれているらしいよ。担任の先生たちも今向かってるらしい」
「それでどうだって?」
「ごめん、詳しくは聞いてないの。」
女生徒はそれだけ言うとそのまま黙ってしまった。
「あ、ありがと」
渚はそれだけ言ってとぼとぼと自分の教室に戻った。
そしてホームルームが始まり担任の先生から和也の事を聞いた。
今は病院に運び込まれ詳しい事は分かっていないようだ。
在校生には落ち着くように言われ、状況が分かるまで勝手に病院や和也の自宅に行かない様に言われた。
渚はその日の授業を何をしていたのか分からないまま下校をした。
* * * * *
「ただいま‥‥‥」
「あ、渚。お帰り‥‥‥」
パートから帰って来ていた母の様子がおかしい。
どうしたのかと思って聞こうとしたら先に母が話してきた。
「あのね、隣の和也君なんだけど、その、交通事故にあってね‥‥‥」
そこまで言って母はぽろぽろと涙を流し始めた。
渚の心臓の鼓動が急に激しくなった。
「病院に運ばれたんだけどね、残念な事に成ってしまったのよ‥‥‥」
「うそっ‥‥‥」
持っていた学校のカバンが肩からするりと廊下に落ちる。
渚は母の腕を取って揺さぶりながら聞く。
「ねえ、お母さん、うそでしょ? 和也が、和也が‥‥‥」
しかし涙する母はただ首を横にふるだけだった。
それを見た渚は脚の力が抜けその場にすとんと女の子すわりしてしまう。
「うそ‥‥‥」
ただそう言うしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「植木君はとても素晴らしい生徒でした~」
体育館で校長先生が何か話している。
全校集会の中、渚は心ここにあらずでぼぉ~っとしている。
昨日はお通夜だった。
自分の家の隣の庭は暗く誰もいない。
お通夜とお葬式は市営のモールで行うらしい。
だから隣の庭はずっと誰もいなく暗いままだった‥‥‥
母はお手伝いとして昨日はそこに行っていたらしい。
渚は誰もいない隣の庭を自分の家の庭からただ見つめていた。
―― やっとレギュラーが決まったぜ! 渚、今度の日曜試合だから見に来てくれるよな!? ――
はっとした。
和也の声が聞こえた気がした。
しかし全校集会の中、周りを見てもその事実を悲しむ友人たちで和也の姿は無い。
そして渚はその事実をいまさらながらに感じてしまった。
そうするともう止まらない。
次から次へと涙があふれる。
「渚、大丈夫?」
千鶴が声をかけてくれるけど何も話せない。
今口を開いたら嗚咽しか出ない。
「渚、ちょっと待ってて先生呼んでくる!」
恵美子がそう言ってそうっと先生の所へ行く。
千鶴が渚の腕を押さえ先生が来たら一緒にこの集会から連れ出してくれた。
そして体育館の外に出た時に我慢していた嗚咽をあげ、渚は大泣きをするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
葬儀も終わり隣の家には遺影が掲げられた祭壇が有った。
渚はお邪魔してお線香をあげさせてもらった。
遺影の前には小さな箱が白い布で覆われて置いてある。
あれが和也‥‥‥
既に骨壺に納められ小さくなったそれを見ていた渚はいつの間にかまた泣いていた。
それを見ていた和也の母親も後ろでまた泣き始めた。
渚は挨拶をしてから自分の家に戻って行った。
居間にいるのが何となく嫌だったので自分の部屋に戻る。
何気なく本棚を見ていたら和也に借りっぱなしになっている漫画本が有った。
なんとなくそれを手に取りパラパラめくる。
そしてその紙面に水滴がまた垂れ始める。
なんで!?
和也がいない‥‥‥
何時もそこにいたのに!
わざわざ約束キャンセルして試合応援しに行くって言ってあげたのに!!
和也!
和也ぁ!!
「かずや‥‥‥」
声に出して初めて気づいた。
和也じゃなきゃ嫌!
友達に紹介なんかしないで!!
なんであたしのそばにいないのよ!!
他の女の子のラブレターなんか見せないでよ!
あたしは、あたしは‥‥‥
「和也じゃなきゃ嫌だもん‥‥‥」
そして言葉に出して初めて理解してしまった、和也への本当の思い。
「和也‥‥‥ すき‥‥‥」
その漫画本をかきむしりながら渚は大声で嗚咽をまた漏らした。
* * * * *
暗い部屋から隣の家の庭を見る。
どのくらい泣いただろうか?
もう涙も出ない。
気を使ってくれたのか夕飯時はとっくに過ぎているのに母親は渚を呼びには来なかった。
大泣きをしたお陰で少しは気持ちも落ちついた。
渚は窓から自分の机に座る。
そして便箋を取って手紙を書き始めた。
―― 和也へ
信じられないけどあたしは和也が好き。
今それに気づきました。
ずっと一緒にいて弟の様に思っていたはずなのに和也がいなくなって初めて気づいた。
ずるいよね、せっかく試合応援しに行くって友達の約束さえキャンセルしたのに。
何でいなくなっちゃうかな?
この後あたしはどうしたらいい?
和也の言っていた男の子に紹介された方が良かったかな?
うそ
やっぱり和也じゃなきゃ嫌。
和也が他の女の子のラブレター見せてくれた時だって、きっと本当は嫉妬してたんだ。
あの時は生意気って叩いたけどごめん。
もう二度と和也の練習しているところ見れないね。
せっかくレギュラーになったのにもったいないよね。
せっかく応援してあげようと思っていたのに。
和也。
いなくなっちゃ嫌だよ‥‥‥
ずっとそばにいて欲しかったのに。
こんな思いになるなんて思わなかった。
だから、あたしの気持ちを手紙にするね。
和也、あたしはあなたが好きです。
もう死んじゃってこの手紙は読めないだろうけど、あたしの本当の気持ちを書きます。
好き。
大好き。
この気持ち絶対にずっと忘れないよ。
だから無事天国に行ってね。
好きです和也。
渚より ――
渚はそうつづりピンクの可愛らしい封筒にその手紙を入れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おばさん、これ一緒に入れてもらっても良いですか?」
渚は和也の納骨に立ち会っていた。
それはあの日書いたラブレター。
あの日からずっと渚はこの手紙を一緒にお墓に入れてもらおうと決めていた。
「渚ちゃん‥‥‥ ええ、勿論よ」
そう言って和也の母は骨壺と一緒に渚の手紙をお墓に入れてもらった。
そして墓石を動かしとうとう和也は永遠の眠りについた。
お線香をあげ、お坊さんのお経も終わり大人たちがバラバラに帰り始めた時だった。
「渚ちゃん、ちょっといい?」
和也の母親が渚を呼び止めた。
「ずっと迷っていたのだけど、やっぱりこれは渚ちゃんに渡すべきだと思うの。和也の机に置いてあったの。試合のスケジュール表と一緒にね」
そうして一通の封筒を渡された。
和也の物にしては珍しく可愛らしい封筒。
しかしそこには「朝比奈渚様」と書かれていた。
渚はそれを受け取りすぐさま封を切って開いた。
―― 朝比奈渚様へ
今日の試合応援ありがとう。
これを書いている時にはまだ勝ってるか負けてるか分からないけど、この試合が終わったら渚に俺の気持ちを伝えたい。
俺は渚の事が好きだ。
さっきクラスの奴が渚を紹介してくれって話をして、渚がまんざらじゃない感じがして焦ってる。
だから、試合が終わったらもう一度自分の口からちゃんと言う。
多分試合中にこの手紙見て驚いていると思うけど、応援も忘れずしてくれよな。
試合が終わったら、逃げないで俺の話を聞いてくれ。
植木和也より ――
その手紙を見た渚はその場でまた泣きだした。
手紙を握りしめ。
そして和也の墓をもう一度見る。
「ごめん渚、好きだよ」
ふとそんな和也の声が聞こえた気がした。
渚は止まらぬ涙そのままに空を見上げる。
空は蒼く蒼く雲一つなく突き抜けていた。
END
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初恋愛小説挑戦でした。
いかがでしたか?
出来れば中高生に読んでもらいたいですねぇ~。