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悪魔の花嫁と蒼き死神  作者: 奏 舞音


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第51話 最期の言葉

 血の気がまったくない、カルロスの顔が見えた。

 呼吸は浅く、ひどくゆっくりだった。


「私は、死ななくてはならない」


 落ち着いた、静かな声だった。

 自身の死について語る者とは思えないほどに、穏やかで、満ち足りた顔。カルロスは、心なしか嬉しそうだった。そんなカルロスを見て、ジャンナも無理に笑顔を作っている。その目には、まだ涙は浮かんでいない。しかし、必死に涙を堪えていることはすぐにわかった。

「この国は、変わらなければならない。そのためには、冷酷非道な皇帝の死が必要だ。血に濡れた皇帝から解放され、民は自由になる。明るい国の未来を夢見ることができる……」

 恐ろしい、冷酷非道の皇帝に逆らうことを諦め、暗く沈む民の心を変えるためには、劇的な何かが必要だ。国は、民がいてこそ機能する。恐怖に支配されることに慣れてしまった民に、再び希望をみせるためには……。


(そのために、お父様は死を選んだの……)

 自分が生きていては、国が変われないから。

 新しい時代へと進むことができないから。

 変えたいと思っていても、悪魔の支配下では限界がある。それに、父は冷酷非道の皇帝であらねばならなかった。他国への牽制、そして心に巣食う悪魔のために。

 もう悪魔はいない。しかし、冷酷非道だった皇帝が突然優しくなったとしても、誰が信じるだろう。過去の行いが消える訳ではないのだから、怯えないはずがない。悲劇の記憶は、胸に傷を残し、いつまでも疼く。簡単に、変われるはずがない。だから、冷酷非道な皇帝は死ななければならない、とカルロスは言うのだ。


「私の手は、もう血塗れだ。国のために悪魔に魂を売った時から、もうずっと。だが、あの時の決断を後悔はしていない。私は国を、家族を守りたかったから……」

 他国に蹂躙されていた小国を守るため、カルロスは悪魔にすがった。存在するかも疑わしかった、封じられた悪魔に。無事に力を借りられるかもわからない。悪魔を呼び出して契約することなく殺される可能性だってあっただろう。しかし、カルロスは様々なリスクを覚悟の上で悪魔のもとへ向かった。大切なものを守りたいという想いだけを胸に。

「私の命は、国のためにある。ジャンナ、私は、良き夫にも、良き父にもなれなかった……すまない」

 そこで初めて、カルロスの表情が陰った。

 ジャンナは、もう涙を堪えることはできていなかった。嗚咽を漏らしながら、首を横に振る。

「ブライアンは、真っ直ぐでいい子だ。そのせいで、違う方向へと突き進んでしまっているが、きっとジャンナが道しるべになってあげれば大丈夫だろう」

 父に認められたいと努力したものの、相手にされないせいで父を超えるという野望を持った長男ブライアン。


(あのお兄様をいい子だなんて……)

 エレノアはカルロスの言葉の意味をすぐには理解できなかった。素のカルロスからすれば、あんな兄でも「いい子」なのだ。


「……エレノア、生まれ落ちたその日、腕に抱いた時から、エレノアのことを思わない日はなかった。会えない時もずっと、どうすれば悪魔に渡さずにすむのかを考えていた。しかし、あの子がジルフォードと一緒にいるとは思わなかった……どんな皮肉な巡り合わせだろうね。私は、二人の幸せを願いながらも、大切なものを奪った。それなのに、生きろと言われてしまったよ。殺されても仕方がないのに。本当に、優しい子たちだ」

 そう言って優しい笑顔を浮かべた記憶の中のカルロスと、エレノアは目が合った気がした。カルロスの目に、エレノアの姿が映るはずもないのに。それなのに、その紅の瞳はエレノアの心を見透かすようで。

「ありがとう、エレノア。こんな最低な父親でも、見捨てないでくれて。私は、本当に幸せ者だよ。だから、私はお返しに、愛する者たちへこの国の幸せな未来をあげたい。それはきっと、血に濡れた私にしかできないことだから……」

 皆の幸せを心から祈っているよ。そう言ってカルロスは口を閉じ、口内で何かを噛み砕いた。

 その直後、カルロスの心臓は動きを止めた。


(お父様っ!)

 カルロスが死んだのは、失血死のためではなかった。万が一にも生き残った時のため、口内に含んでいた毒を飲んで死んだのだ。

 自らの生を、自らの手で終わらせた。

 新しい時代を生きる者へ向けた、劇的な変化をもたらす贈り物――――カザーリオ帝国皇帝の死。

 カルロスの死で、確実にこの国は変わる。

 それが良い方向になるか、悪い方向になるかはその時代に生きる人次第。

 エレノアは胸に小さな決意を抱き、カルロスに触れていた手をそっと引いた。

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