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悪魔の花嫁と蒼き死神  作者: 奏 舞音


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第36話 遠き日の約束

 昔のまま、変わらぬ景色が目に映る。

 重い鉄の門を抜け、【新月の徒】に案内されている道は、ジルフォードにとって知らない場所ではない。

 カルロスについて、よく城内を歩いたものだ。騎士団に入団するまでは、ジルフォードはレミーア教会で育った。しかし、ほぼ毎日城で剣の特訓をしていた。それも、王の側近を練習相手に。そのおかげか、十三歳で受けた騎士団入団テストの成績はトップだった。

 広い中庭を視界に入れれば、遠き日の記憶が蘇る。


『ジルフォード、すごいじゃないか。君よりもずっと大きな人を一発でねじ伏せたんだって?』


 まるで父親のように、カルロスは喜んでくれた。嬉しいのに恥ずかしくて、ジルフォードは笑顔もうまくつくれずに答えたのを覚えている。


『俺は、まだまだ弱いです……。ホルワイズ様にも勝てるぐらいにならないと、誰も守れません』


 妹を失った悲しみ。喪失感。絶望。そのすべてを、ジルフォードは自分の身体を鍛え、強くなることで忘れようとしていた。しかし、忘れられるはずがない。自分が弱かったために、妹を守れなかった。あんな想いは、もう二度としたくない。そのためには、誰よりも強くなれなければならない。強迫観念にかられ、ジルフォードは寝る間も惜しんで鍛練に明け暮れていた。


『そうか。それなら、ジルフォードが最強の男になった日には、私の大切なものも守ってくれないか?』


 ジルフォードは、その問いにただ黙って頷いた。

 カルロスの大切なもの。それは、家族であり、国民だ。自分自身がどうなっても、守りたいと思うものがある。そんなカルロスに、ジルフォードは失った両親の姿を重ねていた。

 だから、ジルフォードも守りたい。カルロスの大切なものを。

 この手は、きっともう弱虫の手ではない。強さを手にした、最強の手になる。


『約束だよ』


 カルロスはにっこりとほほ笑んで、ジルフォードの手をぎゅっと握った。


 これは、カルロスの反撃が、はじまったばかりの頃の記憶だ。

 大切なものを守るために手にした悪魔の力は、次第にカルロス自身を崩壊させていったのだろう。

 カルロスの自然な笑顔を見たのは、この時期が最後だったように思う。


 * * *


 ジルフォードは目を閉じ、かつての思い出を意識から追い出す。

 頑丈で強固な〈鉄の城〉は、【新月の徒】に占拠されていてもなお、人々を威圧する。

 そして今、ここには生々しい血の匂いが充満している。

「おい、お前らの目的は何だ? 皇帝暗殺か? この国をどうしたい?」

 ファーマスは、【新月の徒】に脅されていた。〈鉄の城〉の情報を得るために。しかし、ファーマスから情報を入手せずとも、【新月の徒】は〈鉄の城〉に侵入することができた。つまりは、他にも内通者がいる。それは第一皇子ブライアンではないかとジルフォードは考えている。

(第一皇子がどんな人間かは知らないが、【新月の徒】と手を組むような奴じゃないだろう)

 父であるカルロスに憧れていて妹を殺したがっている、ということしかジルフォードは知らない。それでも、カルロスの息子なのだから、一筋縄ではいかないだろう。

 おそらく、【新月の徒】は良いように利用されているだけだ。用済みになればすぐに切り捨てられるだろう。その前に、ジルフォードには片を付けておきたいことがある。


「我々の目的は、もっと崇高なものだ」

 淡々と答えたのは、ジルフォードの前を歩く体格のいい男だ。低い声には苛立ちが含まれている。

「崇高、ねぇ。ただの馬鹿にしか思えねぇけどな」

「貴様っ!」

 少し挑発しただけで、男は腰の剣を抜いた。ジルフォードの大剣は、後ろからついて来ている男に取り上げられている。

 つまり今、ジルフォードは丸腰だ。特にそれが問題になることはないが。

「まあまあ、時間も惜しいんだし、お前らのリーダーの所までさっさと案内しろよ」

 片手で剣の刃を掴み、ジルフォードは冷たい笑みを向けた。テッドいわく、まさに死神の笑顔だ。

 素直にリーダーのところまで連れて行ってくれるかと思っていたのに、牢獄への道のりを歩み始めたために、ジルフォードは大人しくついて行くことをやめた。本当は面倒だからやりたくなかったのに、脅して歩かせることになってしまった。

「言っておくが、騙そうとしても無駄だ。俺はこの城内の地図はだいたい把握している」

 ただし十年前まで、という注釈がつくが。しかし、城の基本的な造りは変わっていないだろう。

 刃物を素手で受け止めた挙句、傷ひとつない男を前に、案内役の男は恐怖に震えている。

 そうして、武器を取り返したジルフォードは、脅されていた立場から脅す立場へと完全に変わっていた。

「こ、ここに……我らのリーダーが、います」

 ジルフォードに話しかけるのがよっぽど恐ろしいのか、男は言葉に詰まる。

 男が示した部屋は、皇帝の間だった。


 ジルフォードの脳裏には、嫌でもあの日の記憶が蘇る。

 自分が無力だと思い知り、また再び大切なものを失った日。


(この十年、忘れたことはなかった……)


 十年前、血に濡れた足で去った場所に、ジルフォードはもう一度足を踏み入れた。




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