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悪魔の花嫁と蒼き死神  作者: 奏 舞音


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第33話 無謀な作戦


 ――【新月の徒】の目的は私なのでしょう? では、すぐにでも〈鉄の城〉へ向かいましょう。


 この言葉に、迷いはなかった。元々、〈鉄の城〉に帰るつもりだったのだ。覚悟は当にできていた。今まで、嫌で嫌で仕方なくて逃げ出した〈鉄の城〉に、エレノアは自分の意志で帰る。

 テッドも、エドウィンも、信じられないような目でエレノアを見ている。【新月の徒】が何故エレノアを呼び出しているのか分からない今、エレノアは動くべきではないのだろう。エレノアも、当然怖い。逃げ出しただけでも、皇帝に何をされるか分かったものではないし、兄であるブライアンにも命を狙われているという。その上、【新月の徒】からの要求だ。

 いつから、隠されていたはずのエレノアの命がこんなにも狙われるようになったのだろう。


(〈鉄の城〉には、私が生きていることをよく思わない人間ばかり……)


 “悪魔の花嫁”になることも、命を狙われていることも、怖くて、怖くてたまらない。

 それでも、エレノアの複雑な事情を理解した上で守ると言ってくれたジルフォードがいてくれるから、エレノアは立っていられる。



「エレノア様は安全な場所で待っていてください」

 エドウィンが静かに口を開いた。

「何を待っていろと言うのですか? 何か良い案でもあるのですか?」

「ちょっと冷静になって考えましょう」

 エドウィンに詰め寄るエレノアを止めたのは、テッドだ。テッドも今の状況に頭が混乱しているはずだが、表面上はもう冷静さを取り戻している。だが、少し顔色が悪い。その様子を見て、エレノアも大きく息を吸い、呼吸を整える。

「そこのあなた、こちらへ」

 エレノアは、バールトン家の屋敷まで城の様子を知らせに来た騎士を呼ぶ。この男が真実を言っているとも限らない。何せ、【新月の徒】は帝国軍の騎士の内にも潜んでいたのだから。そして、【新月の徒】はジルフォードを求めているようだった。

(何故、ジルフォード様を勧誘していたのかしら……?)

 ジルフォードの過去に何か関係しているのだろうか。もっと、ジルフォードと話がしたかった、と今さら後悔しても遅い。エレノアは頭を切り替えて、目の前に跪いた騎士を見る。

「私がいいと言うまで、じっとしていて」

 エレノアがそう言うと、騎士は不思議そうな顔をしながらも頷いた。

 そっと、騎士の肩に触れて、意識を彼の記憶に向ける。


 *


 ――賊の侵入を許しました!


 という切迫した声が響く。バタバタと慌てたような足音と、剣と剣がぶつかり合う音があちこちから聞こえてくる。騎士は、その渦中から少し離れた位置にいた。おそらく、城門の見張り台だ。


 ――帝国軍の騎士はすみやかに城を出ろ。さもなくば、皇帝陛下と人質の命はない。


 戦えない使用人や女官たちを人質にとった【新月の徒】が、騎士たちに剣先を向けて指示する。


 ――もしどこかで隠れている騎士を見つけたら、まずは使用人から一人ずつ消していく。


 その言葉を聞いて、人質になっている下働きらしき少年が悲鳴を上げた。【新月の徒】は、うるさく泣きわめいた少年に容赦なく剣を突き刺した。その光景を見て、【新月の徒】の言葉がただの脅しではないと騎士たちは理解した。武器を捨て、騎士たちは血を流す少年を横目に城門から外に出た。

 エレノアが記憶を覗いている騎士も、見張り台からその様子を見ていた。もしかしたら、自分なら内部に残って状況を変えられるかもしれない、と考えたのだろう。騎士は一瞬、見張り台となっている部屋に隠れていた。しかし、見張り台にも【新月の徒】のメンバー数人がやって来た。それも当然だ。見張り台は、城の状況を把握するのに最も適した場所なのだから。


 ――まだここにも騎士が残っていたか。


 黒いフードを深く被り、顔を隠した【新月の徒】の男はふっと笑った。


 ――帝国軍の上層部に伝えろ。『皇女エレノアを日が昇りきる前に連れて来い』とな。


 そして、騎士はすぐに帝国軍指揮官のホルワイズを探そうとしたが、彼が捕らえられたという噂を耳にした。そこで、現在一時帰宅しているというテッドに報告するためにバールトン家に来たのだ。



 *



 報告に来た騎士は、【新月の徒】と繋がってはいなかった。本当に、ただの伝令役に選ばれただけの男のようだ。エレノアは、ほっと息を吐き、騎士にもういいと合図をした。

「どうやら、帝国軍指揮官のホルワイズという方も捕らわれているようですね」

「な、何故それを……!」

「それは本当か!」

 エレノアの発言に驚いたのは、騎士だけではなかった。テッドは報告者である騎士に詰め寄っている。直属の上司が捕らえられたというのだから、それは取り乱しもするだろう。しかし、こんなことで取り乱してもらっては困る。

「話は馬車の中でしませんか? 時間が惜しいわ。どうやら【新月の徒】は時間制限を設けているようですし」

 慌ててここまで駆けてきた騎士は、興奮のあまり要求を正確に伝えていなかった。日が昇りきる前までに、ということはもうあまり時間がない。窓を見ると、空はうっすらと明るくなってきている。もう日は昇りはじめていた。

 落ち着き払ったエレノアに、テッドは罰が悪そうな顔を見せた。そして、仕方ないと言った風に口を開いた。

「分かりました。作戦会議は馬車の中で」

 エレノアを連れて行くと腹を決めたテッドは、すぐに馬車を用意させた。この非常事態を大臣たちに報告し、対策を練るためにエドウィンは別行動だ。


 エレノアは、テッドと二人きりで馬車に乗ることになった。難しい顔をしているテッドを目の前にして、エレノアは話すべきか迷ったが口を開く。

「帝国軍の騎士すべてを信用しない方がいいわ。騎士の中にも【新月の徒】のメンバーがいるみたいなの……レミーア教会に配置されていた騎士が、ジルフォード様に接触してきたわ。【新月の徒】に入らないか、と」

「帝国軍の騎士が【新月の徒】のメンバー? しかも、ジルに接触?」

 テッドは初耳だ、という顔をしている。テッドが信じられないのも無理はない。エレノアだって、理解できない。ただ、冷酷非道な皇帝に仕えていれば神さえも信じられなくなるのかもしれないとエレノアは思う。

 そんなことよりも、気になるのはジルフォードのことだ。


 ――【新月の徒】に入ってください。あなたは小さな店の店主より、血生臭い戦場が似合う。


 あの時の騎士は、ジルフォードが【新月の徒】を選ぶことを当然のように話していた。明らかに、ジルフォードが〈蒼き死神〉だと知っている口ぶりだった。

 何故、〈蒼き死神〉が【新月の徒】に勧誘されたのか。〈蒼き死神〉を間近で見てきた男なら、何か知っているかもしれない。

 エレノアはテッドをじっと見つめる。


「……ジルフォード様は、【新月の徒】と何か関わりがあるの?」

「ジルは、街を見回って【新月の徒】を捕まえていたんだ。僕が知っている関わりといえばそれだけだ」

 テッドが嘘を言っているようには見えない。それに、ロイスも同じようなことを言っていた。

「質問を変えるわ。ジルフォード様は〈蒼き死神〉として帝国軍で活躍していたはずなのに、どうして帝国軍から姿を消したの?」

 エレノアの問いに、テッドは深く息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出す。エレノアの視線に挑むように、碧色の瞳が向けられる。

「ジルはね、皇帝陛下に部下を殺されたんだ。正確に言えば、ジル自身の手で部下を殺すように仕向けられた」

 あまりに淡々と告げられた言葉は、エレノアの心に重い鉛を落とした。その意味を理解し、ジルフォードの苦しみを思うと、うまく息ができなくなる。信じられない。たとえそう仕向けられたとしても、あの優しいジルフォードが自分の部下を殺すなんて。

 しかし、それが事実だからこそ、ジルフォードは帝国軍を去ったのだろう。そして、誰も愛することはできないと自分を責め続けている。自分には幸せになる資格はないと思っている。

「ジルフォード様……」

 涙が、頬を伝う。詳しいことを聞かなくてはと思うのに、これ以上エレノアは問いを続けられなかった。

 そんなエレノアを見て、テッドが苦笑する。

「皇帝陛下を恨んでいたとしても、ジルが【新月の徒】に入ることは絶対にないと思うよ。それよりも、今は君がどうするつもりなのかを知りたい」

 ジルフォードの過去を知ったところで、今の状況をどうすることもできないとテッドは言いたいのだろう。エレノアに何の考えもなければ、ただ【新月の徒】に利用されるだけになる。エレノアは、涙を拭いて顔を上げた。

「私は【新月の徒】に近づければ、きっと誰よりも情報を得られる自信がある。だから、要求に応じて会いに行く。そこで、弱味を握って交渉するわ」

「今までまともに人と会話したことがない皇女様が、賊相手に交渉? 絶対に無理だ。弱味を握ればすぐに殺されるよ」

「そんなの、やってみないと分からないわ。それに、私にはとっておきの武器があるのよ」

 にっこり笑ったエレノアに、テッドは怪訝そうな顔をする。

「私はね、“悪魔の花嫁”なの。きっと、私が呼べば悪魔が来るわ」

 呼んでしまえば、きっともうエレノアはジルフォードとは生きられない。

 本当に、“悪魔の花嫁”になってしまう。それでも、最終手段としてこれほどまでに使えるものはない。

 テッドはエレノアの言葉を信じていないようだった。

 これが普通の反応だろう。すぐに信じてくれたジルフォードの方がおかしいのだ。

「悪魔がどうとかはよく分からないけど、ジルが心配するのがよく分かるよ。君は無謀すぎる」

「今までずっと大人しく閉じ込められていたのだもの。少しくらい外の世界ではしゃいでもいいと思うわ」

「そうか。それなら、僕はお転婆な皇女様を守ろう」

「いいえ、私を守るのはジルフォード様だけです。テッド様は帝国軍の騎士たちの信用できる者たちだけを集めて〈鉄の城〉を奪い返してほしいんです。テッド様なら、帝国軍のことも、〈鉄の城〉のこともよくご存じでしょう?」

 エレノアがそう言って微笑んだ時、馬車は〈鉄の城〉の前で止まった。



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