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悪魔の花嫁と蒼き死神  作者: 奏 舞音


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第24話 変化の夜


 狭い部屋でジルフォードと向かい合って、エレノアは今さらながらに緊張していた。

(すべてを話すつもりだけど、どこから話せばいいのかしら……)

 夜遅く、男女二人が同じ部屋、というだけでも緊張するのに、エレノア自身の話をするとなると、さらにどきどきする。

 そんなエレノアを見かねてか、ジルフォードが口を開いた。


「エレノアのおかげで、二人を助けることができた。本当にありがとな」

「いえ、そんな……私は何も」

 ジルフォードの優しい声に、エレノアはしどろもどろになりながら首を横に振る。そんなエレノアの頭に、ジルフォードの手が乗せられた。驚いて、エレノアの動きが止まる。

「俺は、感謝してる。怪我で辛かっただろうに、本当にありがとう」

 群青色の瞳が、真っ直ぐエレノアに向けられている。

 自分は、ジルフォードの役に立てたのだ。ようやく、そのことがすとんと胸に落ちてきた。

 そして、エレノアは心からの笑みを浮かべ、数度目の告白をする。

「私は、ジルフォード様のことが大好きです」

「あぁ、分かってる」

 もうジルフォードは冗談だとも、勘違いだとも言わない。エレノアが本気でジルフォードを好きだということを分かってくれている。それが、嬉しくてたまらない。同じ気持ちにはなれなくても、拒絶しないでいてくれる。それだけで、十分だ。

 だから、エレノアはもう自身のことを安心して話すことができる。


「私は、カザーリオ帝国皇帝の娘、エレノア=リオ=ヴィンセント。存在を隠された、皇女です」


 ジルフォードは驚かなかった。

 エレノアが皇女であるということに、彼は気付いていたのだ。皇帝に仕えていた将軍なのだから、当然といえば当然だ。エレノアは、ふっと笑みを零す。

「やはり、ジルフォード様は私のことを御存知だったのですね。では、私が隠されていた理由も……?」

「いや」

「私が“悪魔の花嫁”だからです」

「悪魔の花嫁、だと……?」

 さすがのジルフォードも、怪訝な表情になった。

「私の父である皇帝カルロスは、国のために悪魔と契約したのです。娘の命を差し出して……」

 神が信じられているこの大陸では、悪魔の存在も信じられている。

 しかし、悪魔はレミーア神とルミーア神の力で封印されているという伝説から、実在していないと思われている。

 その封印された悪魔の眠りを妨げたのが、カルロスだ。

 悪魔と契約を交わし、カルロスは巨大なカザーリオ帝国をつくり上げた。

 この事実を知る者は、ごく一部。

 ジルフォードの反応を見る限り、彼は知らされていない人間だったのだろう。


「そのせいかは分かりませんが、私は触れたモノの記憶を覗くことができます。そして、その記憶の中で私は〈蒼き死神〉様に恋をしました。閉じ込められて、自分の心を殺して息が詰まりそうだった毎日は、ジルフォード様のおかげで変わりました。ジルフォード様の涙に、私は心を奪われたのです」


 あの時の衝撃は、今でも忘れられない。哀しい記憶のはずなのに、どうしてか心を奪われてしまった。

 あまりにも、きれいな涙だったから。

 痛みを堪えて、自分自身を責め立てて、それでも尚、その瞳は死んでいなかった。何かを、真っ直ぐに見据えていた。美しい、と思った。

 赤い血の海で涙を流す〈蒼き死神〉に、エレノアは恋をしたのだ。


「〈蒼き死神〉の記憶、か。見ていい気分になるもんじゃなかっただろう」

 あの時と同じ、群青色の瞳がエレノアを見つめている。人に過去の記憶を勝手に覗かれて、気分を害するのはジルフォードの方だろうに、エレノアを気遣ってくれている。戦場の記憶は、血生臭くて苦しいものだから。

「たしかに、ジルフォード様に出会うまでは苦しかったです。でも、私は記憶の中でジルフォード様に恋をしたから生きる喜びを知りました。一人で、誰にも存在を知られないまま悪魔の花嫁になるなんて嫌だと逃げ出す力をもらいました。私を外の世界に導いてくれたのは、ジルフォード様です」

 これが、一方的な思いだということは重々承知だ。しかし、ジルフォードのおかげでエレノアは楽しかった。

 一人で〈宝石箱〉に閉じ込められていても、恋する乙女でいられたから。

 思うだけでは物足りなくなって、会いたくなった。ジルフォードのことを知りたくて、その声を聴きたくて、その身体に触れたくて、自分という存在を知って欲しくて、長年閉じ込められていた〈宝石箱〉から逃げ出した。誰も、エレノアが逃げるなどと思っていなかった。それだけ、エレノアに関心を寄せていなかったのだ。

 そうして〈鉄の城〉を出て、危ないところをジルフォードに救われた。出会うべくして出会ったのだ、そう感じた。嬉しくて、嬉しくて、欲はどんどん湧いてきた。ジルフォードの過去を知りたいという欲が、彼の心を独り占めにしたいという欲が、彼を幸せにしたいという欲が、エレノアの中には広がっていた。

 しかし、エレノアがジルフォードといられる時間は少ない。ジルフォードの前から消えるまでに、満たしたい欲はひとつだけだ。


「ジルフォード様は、〈蒼き死神〉と呼ばれていた過去を悔やんでいるかもしれませんが、私は救われました。そして、今は『収拾屋』のジルフォード様に救われています。ジルフォード様が何を抱えているのか私には分かりません。それでも、ジルフォード様は優しい方です。誰も愛することはないと言っていましたが、ジルフォード様の周りには愛が溢れていますわ。どうか、幸せになってください」

 ジルフォードが息を呑む。

 そして、その腕はエレノアに伸ばされた。


「俺が拾ったのは、皇女でも、“悪魔の花嫁”でもない、ただのエレノアだ。だから、何も気にしなくていい。ここにいろ」


 ジルフォードは逃がすまいとエレノアを抱きしめて、心臓が止まりそうになるくらい嬉しい言葉をくれた。愛の言葉ではなくとも、それに近い言葉だ。大好きな人に、側にいてほしいと望まれた。

 複雑な事情なんて関係ない、ただのエレノアを大切に想ってくれている。


「あの、ジルフォード様! 嫌ではありませんの? 私は、触れたモノの記憶を……」

「俺はかまわない。だが、エレノアが俺の記憶のせいで傷つくなら今後は触れないようにする」

 エレノアを優しく包み込むぬくもりが、そっと離れようとする。そのぬくもりを手放したくなくて、エレノアは自分からジルフォードの背に腕を回した。

 しかし、ジルフォードの重荷になりたくない。迷惑をかけたくない。我儘を、本心を言ってはいけない。

 そう思うのに、エレノアは口を開いていた。


「ジルフォード様の側に、いてもいいんですか?」


 震える声で問えば、さらに強く抱きしめられた。触れたところが熱を持ち、心拍数が上がっていく。


「俺に責任を取れと言ってきたのはエレノアだろう。俺はいつ、エレノアの所有権を放棄した? 好きなだけ、俺の側にいろ。皇帝のところにも、悪魔のところにも行かなくていい」

 ジルフォードとて、分かっているはずだ。

 現在、皇女であるエレノアを探して騎士が巡回している。逃げ切れるはずがない。

 それに、テッドにはジルフォードのところにいるとバレている。何か状況が変わったなら、エレノアは早く〈鉄の城〉に戻った方がいい。そうしなければ、ジルフォードやロイスを巻き込むことになる。

 それなのに、ジルフォードはエレノアのために優しい言葉をかけてくれる。きっと、ジルフォードのことだ。これはその場凌ぎの嘘ではない。

 本気で、エレノアという厄介な存在を守ろうとしてくれている。


「でも、どうして……?」

 面倒な存在を拾ってしまったと思ってはいないのだろうか。関わらない方がよかったと後悔していないのだろうか。

「俺は――〈蒼き死神〉は、何も守れなかった。俺はもうあんな思いは御免だ。目の前で大切なものを失いたくない」

 ジルフォードの中にある罪の意識が、苦しげな声とともに吐き出された。過去に何があったのか。エレノアは何も知らない。

 それでも、ジルフォードがこの場所で築き上げてきたものは知ったつもりだ。町のみんなが、どれだけジルフォードのことを想っているか、それだけで彼が守ってきたものがわかる。だからこそ、ジルフォードにもう一度死神として剣を握って欲しいとは言えない。エレノアのために、今の平穏を捨てろなんて言えない。

 そう言い聞かせ、ジルフォードから離れるという自分自身の決意を後押ししていたエレノアの耳に、逆らいようのない言葉が届く。


「だから、一緒に考えよう。悪魔も、皇帝も蹴散らす方法を」


 ふわりと、ジルフォードが優しく微笑んだ。

 何も心配しなくてもいい、というような笑顔に、エレノアの涙腺は崩壊した。おもいきり声を上げ、ジルフォードの胸にすがる。

 泣きじゃくるエレノアの背を、ジルフォードが優しく撫でてくれた。


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