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第1話 閉じ込められた皇女

 エレノアは恋をしていた。

 それも、とてつもなく一方的な恋を。


「あぁ、今頃あの方は何をしているのかしら……?」


 うっとりとエレノアが呟いた時、数人の女官が部屋に入って来た。もう朝になっていたらしい。窓を見れば、明るい陽の光が差しこんでいる。秋の朝は少し肌寒くて、エレノアはふかふかのベッドにもぐりこむ。

 エレノアは不眠症だ。眠れない時は、いつも愛する人のことを思い浮かべる。そうすれば、幸せな気持ちで夜をやり過ごせるから。

 女官たちはエレノアを一瞥もせず、テキパキと朝食をテーブルに用意して出て行った。扉が閉まった後には、カチャリと鍵をかける音がする。

 いつものことだ。

 物心ついた時から、エレノアはこの部屋以外の世界を知らない。


 カザーリオ帝国第一皇女エレノア=リオ=ヴィンセントは、『皇女』としてではなく、『悪魔の花嫁』として大切に、大切に、閉じ込められていた。

 エレノアが閉じ込められている部屋は、〈宝石箱〉と揶揄される。

 艶やかな髪はピンクパール、人を惹きつける大きな瞳はルビー、形の良い唇はローズクォーツ、滑らかな白い肌はパール。存在するどんな芸術品をもってしても、エレノアの造形美に勝るものはないだろう。

 しかし、生まれながらにして宝石を身に纏った美しい皇女は、自分の美しさを無意味だと感じていた。

 何故なら、いくら輝きを放ったところで、その光は悪魔によって消されてしまうと知っているからだ。

 国を守るために悪魔に娘を売った、皇帝カルロス。

 エレノアは幼い頃から、自分は愛されることのない娘だと理解していた。

 十八歳になれば、悪魔が迎えに来るらしい。

 カザーリオ帝国が強大な力を誇っているのは、悪魔の力によるものだ。エレノアが悪魔から逃げられるはずがない。

 だからといって、決められた運命を大人しく受け容れるのも嫌だった。

 自分の人生を嘆くだけの、悲劇のヒロインにはなりたくない。

 それに、エレノアは絶賛片思い中なのだ。愛する人がいる。


(この恋を成就させないで悪魔に嫁げるものですか!)


 しかし、エレノアはあと一か月で約束の十八歳となる。愛する人には気持ちを伝えるどころか会ったこともない。

 エレノアは、珍しく苦悩していた。エレノアは彼の名前さえ知らないのだ。知っているのは、彼が戦場で呼ばれていた異名とその容貌だけ。

 敵だけでなく、味方からも畏れられていた、〈蒼あおき死神しにがみ〉。戦風に煽られる長い髪は目を見張るような鮮やかな蒼色で、戦火を見つめる鋭くも悲しい瞳は群青色。

 エレノアが心を奪われたのは、目を引く容貌のせいでも畏怖を抱いたからでもなく、強く気高い獣のようなその人が、泣いていたからだ。それも、自分の中に溢れる感情をすべて殺してしまったような、あまりに静かな顔で。深い群青色の瞳から流れ落ちる透明の雫に目を奪われ、エレノアは言葉をなくした。

 彼には傷一つなく、その手は敵兵の血で真っ赤だった。

 戦場で、蒼い髪の男に出会って生きて帰った者はいない。彼は、戦場に存在する死神だった。

 それでも、〈蒼き死神〉の泣き顔に、エレノアは心を奪われた。その一瞬の衝撃は、エレノアの冷めた心に熱い感情を芽生えさせた。

 彼の存在を知った時から、エレノアは八年待っていた。悪魔ではなく、死神が迎えに来るのを。

 しかし、いつまで経っても迎えに来ない。当然だ。彼はエレノアを知らないのだから。

 迎えに来てくれないのなら、こちらから見つけに行くしかない。悪魔が迎えに来るという、十八歳の誕生日までに。

 エレノアは彼のために、長年大人しく閉じ込められていた日常に終止符を打つことを決めたのだ。


「まずは、腹ごしらえね」


 こんがり焼けたパンに濃厚なバターを乗せながら、エレノアは脱出計画について考えを巡らせた。



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