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遠い昔のエントロピー

作者: 福島 エクス

現代社会をエントロピー(混沌さ)で表したら面白そう!

ということで書き出したはいいが、エントロピーのみを抽出しようとするとかなり概念的なので物語内の意味で書き直す必要に直面。

じゃあ、それって何だろうと思うとかなり哲学じみた神学じみた問答になってきたので、ざっくりとオカルトであるとしよう。

余命わずかな老人×息子の亡霊×転生して少女×パンクバンド=エントロピー

「放射線治療が必要です、か。」握りしめた黄色の紙面にはそう記載されている。だったら今の私に何ができると独り言を公共マンションの前で冷たく世間を罵しってみても帰ってくるのは、それよりも冷たい鉄のドアノブだけ。


私は見た目以上に老いて見えるだろう。これでも70だ。時刻は8時を過ぎ、お勤め品の惣菜と夜のとばりは長い廊下のちらつく蛍光灯の一つ、蛾がちらちらと飛んでいるのは、ひどく憂鬱だ。ポケットをまさぐり煙草を探したがない。舌打ちをしながら部屋に入る。留守電があるようだ。点滅するボタンを押すと、それは債権者の一言。明日の8時に清算を行うそうだ。そんな無駄な事、余命半年の身寄りのないくそじじいに何もないことなど。視線を感じる。この部屋で初めての経験だ。振り向くと体育座りの男が一人。

「誰だ、お前は。」

もはや私に恐ろしいものなどない。男はしばらく呆然として、そして自分の後ろを振り向く。何もないことを確認し、また向きなおす。

「お前に言っている。どうやって入ってきた?」

やっと自分のこととわかったようだ。表情が驚嘆のものになる。どこか見覚えのある顔立ちだか?立ち上がりながら大きな声を上げた。

「まじかよ!親父!!俺のことが見えるのか?!」

今度は私が唖然となる。

「親父?何を言っている?私の息子は・・・」

笑顔を見て思い出した。そうだ。息子だ。奥の仏壇の並んだ遺影にそっくりだ。

「そう、死んだ。死んだ。息子の行広だよ。久しぶり!!12年?ぶり?」

「15年だ。何をしている?本当にお前か?」

「その仏壇のやつ、変えてくれよ。もっといいのが、俺の部屋にあっただろ?」

「・・・」

私はまだ意味が分からずにいた。ついに迎えが来たのかとハッと思った。15年前に事故で死んだ息子がその当時のいでたちでいた。とげの付いたパンクロックのダサい革ジャン、ぼろぼろのジーンズ、ビンテージものの革靴を着ている。とさかの髪形も星のバッジも古い。何もかも古い。だからわかる。私の息子だ。

「まだ唖然としてんのかよ。あるがままに受け入れるのが、ロックンロール。」

中指を突き立てる。わかる。この男は私のどら息子だ。

「突然何の用だ?」

「突然?なに言っている?半年ほど前からいたぜ。親父こそなんで突然見えるようになったん!?」

「ずっといたのか!?いや、私に何の用だ!?」

「いや、まったく。全然。」改まって真顔になる。

「どういうことだ!?」

「そうそうそのことで。」

チャイムが鳴る。家の玄関の有様をみても入ってくるものに百害あって一利なし。

「出ないのか?」

私はのそのそと動き、扉に向かう。余命のこともありもう怖いものはない。だから、扉を開ける。


しかし、そこにいたのは、私の目線よりも下、ギターケースに隠れる背丈のパンクロックに改造した学生服を着た少女がいる。髪を二つに束ね、ピンクチェック柄のタイツ、ちょっと鋭い目つきの。私にその少女の心当たりはなかった。

「鈴木圭介のお宅でしょうか?」思った以上の低い声。

「私に何か用かね?」

そう答えると、彼女はぼろぼろと泣き出した。そして飛びつくように抱きつく。

「やっとやっと会えた。やっと。」

まずい。この状況が最悪だ、死ぬことはもう怖くないが、死ぬ前にこのような悪評は御免だ。私はあわてて少女を取り繕い、家に招き入れることにする。今日はなんて日だ、そう思うことにした。


畳6畳ほどの居間に老いぼれとパンクロックの不幽霊とパンクロッカーらしき少女、それとギターケース。致し方なくお茶を一杯出す。

「どうもありがとうございます。」

見かけよりも礼儀正しい少女。それをその横で睨み付けるようにじろじろと覗き込むパンクロックの息子(享年30)。すると、こちらに振り返る。

「親父、さすがにこの年の娘に手を出すのは、まずいぜ?」

「そんなことはわかっとるわ。」

「どうかされましたか?」少女は落ち着きを取り戻していた。

「いや、なんでもない。こちらの話だ。」

「落ち着いたかね、それで私に何の用かな?え~と、」名前を聞いていなかったことを思い出した。

「すいません、取り乱して。うれしくて。もう大丈夫です。」

「お・・私は船津 絵莉子えりこです。神奈川の川崎市から来ました。」

「川崎市?」やはりそこに知り合いはいない。思い当たる節もない。

「今日は、これを持ってきました。」

持っていたギターケースのサイドポケットからなにかを取り出す。

「鈴木圭介さんは行広さんの父親であると、調べさせていただきました。」

そういって、取り出したのは、インディーズのMIXアルバム。そこには、ドラ息子の姿がある。

「なぜ、これを・・・?」

「実は、少し説明が難しいのですが・・」

ドラ息子は突然立ち上がる。そして指差して、叫ぶ。聞こえるのは、私だけ。

「お前、もしかして、錦戸、錦戸新にしきど あたら。」

「錦戸?何を言っている?」

「!?」突然の嬢ちゃんが声とともに立ち上がる。そして飛びつくように抱きつく。

「!?」なんて日だ。

「本当に本当に良かった!!ここにきてあなたに出会えて!!」強くハグされる。

「まじか!!本当に錦戸が、ずいぶんかわいらしくなったな!!だが・・ある意味ロックンロール!!」中指を突き立てる。

「うるさい、お前ら、落ち着け!」

一休み。

「落ち着いたか?」

「はっ、はい。すみません。取り乱して。」

全員息があがっている。

「それで、船津さん?そのCDがどうしたのかね?」少しの沈黙。彼女の眼は少しの迷いがあったが、すぐに向きなおす。

「実は、お・・私は、このギターの人の生まれ変わりです。」

指差したのは、ドラ息子の横の長髪の目つきの鋭いハンサムな男、錦戸 新だった。

「私はこの男性の生まれ変わりです。」

全てはその一言で始まった。遠い昔のエントロピー。


畳6畳ほどの居間に老いぼれとパンクロックの不幽霊とギタリストの生まれ変わりと名乗る少女、それとギターケース。仕方なく、話を聞く。

「こんな話突然されても、信じてもらえないことと思いますが・・・」絵莉子と名乗る少女はちらりとこちらを見る。

元来の私はそんな話は信じないが、横ではしゃぐ不幽霊のドラ息子の行広(享年30)は、信じきっている。そしてそれが見える今、私は信じたる根拠を持つことと相成った。

「私自身も驚いているのですが、5年前、偶然このCDのこのバンドのこの音楽を聞いた瞬間、ひらめきに似た衝動で前世の記憶というのでしょうか、そういったものがわいてきました。そしてそれは確信でもあったんです。」

力強く、こちらを見つめる。ドラ息子とともに。同意を求める力に私はのけぞる。

「それで?それで私に何の用だ?」ドラ息子はハッとする。そして私とともに向きなおす。

「あの時、私が思い出した記憶の中にデモテープがありました。私はそれが欲しい。」

少女は立ち上がる。息子も立ち上がる。

「そう、それさ。俺も探していたもの。」

「デモテープ?そんなものあったか?」

「いえ、きっとあるはずです。でなければ、困ります。きっとそれが私の存在理由だから。」

「その通りだ。そのテープこそが俺をここに留まらせるものだから。」

私に言われても、困る。時刻はすでに10時を過ぎている。

「なあ、船津さん。そろそろ終電ではないのか?」

「お気遣いなく。見つけるまでこちらにいますから。」

なんてことだ。気遣ってほしいのはこっちだ。

「そうはいっても、親御さんも心配することだろう。未成年がこの時間まで帰らなければ・・」

「大丈夫です。両親などいませんから。」

「・・・」

「捨て子です。今から15年前、神奈川の船着き場にいました。このギターとともに。」

そういって取り出すそのギターは赤かった。


畳6畳ほどの居間に老いぼれとパンクロックの不幽霊とギタリストの生まれ変わりと名乗る捨て子の少女、それとギターケース。申し訳なく、家探しをする。

「苦労しているんだな、錦戸。」めそめそするドラ息子。すでに家探しは30分が過ぎていた。すでに部屋に足場なく段ボール箱が積まれた。確かに息子が死んだとき、そこからほとんどの荷物は私が引き取った。そしてそれを押し入れに突っ込んだまま、今日になる。しかし、それでも大部分は捨ててしまっている。私は冷蔵庫の前で胡坐をかきながら、伺っていた。

「どうだ?めぼしいものはあったかね?」

携帯が鳴る。絵莉子のだろう。私は持っていない。

「・・・少し夜風にあたってきます。」絵莉子は一度部屋を出ていく。施設にでも連絡するのだろうか?

「やっぱりないか。俺も半年間探していたからな。」

「どういうことだ?お前、ものには触れないだろう。」

「いや、確かに今のままでは無理だ。だが、人に憑依し、その人間を使えば、問題ない。」

「ちょっと、待て!それは誰に!?」

「昔知り合った、悪霊の誠士郎さんがね、伝授してくれたんだ。この誠士郎という男は明治時代から今まで悪霊をやっているというすごい人で・・」

「そうじゃない、それを私にも使っていたのか?!」

「ああ、親父の場合は楽だったぜ。半分抜けかかっているんじゃないのか?」と言って笑う。

「てめえ、ふざけるな!?」

玄関が開く、帰ってきたのか?と振り向くと、そこに見知らぬ黒いスーツの男がいる。どう見てもカタギじゃない。

「涙ぐましい努力だな。何か金目のものでも探していたのか?」

「誰だ?」

「まあ、俺のことは何でもいいだろう。債権者とでも言っておこうか。」

「お前のような奴は知らんが?」

「俺のことはどうでもいいと言っているだろう。債権が別の人に移ったんだよ。まあいい。鈴木さんよ。お前に朗報が二つある。」

「・・・」

「まず一つ目だ。この借金から解放してやる。それもきれいさっぱりだ。それを俺が助力してやる。」

「・・・」

「そして二つ目は、この地獄のような生活から解放してやる。」

「・・やったな、親父。」

「方法は?どんな方法だ。」

「まあ、そこは企業秘密だ。気にするな。お前は黙ってここに判子を押すだけでいい。指判でもいいよ。」突きつける誓約書。

「いやだと言ったら?」

「そんなシャイなお前のためにすでに俺が押しといたから。」ぴらっとめくれすでに私のサインと判子が押されている。

「お前は黙って俺についてこればいい。それだけだ。」屈強な男たちがどこどこと入ってくる。それも何人も。なんだ、こんなものか俺の人生も。そう思えれば、この騒動もなんだかおもしろく思えてきた。最後にあばれてやろう。この若造に人生がうまくいかないことを教えてやる。だが一つ気残りがある。少女のことだ。私がそばの包丁に目をやるよりも先に若造は言う。

「止めとけ。じいさん。大事なお孫さんか?一生人前に立てないことになるぞ?」屈強な男の一人は少女を抱えている。

どうやら言う通りにするしかないようだ。あきらめたところで、目の前が真っ暗になる。


目を覚ましたのは、どこかの事務所、雑居ビルだろう。入り口には、屈強な男がいる。

「やっと起きた?」

「ここはどこだ?」

「さあね。ろくでもないところだとは思うけどね。」

「そうか・・」

「親父、大丈夫か?」目の前で胡坐をかいている。

「お前か?あの入口の男を乗っ取ることはできないのか?」

「無理だね、意識がないか受け入れているかじゃないと。」

「そうか、そう都合よくはいかないか?」

「ねえ、ずっと気になっていたけど、誰と話してるの?」

まあ、いいか、すべて話そう。どうせ最後だ。話すのが筋というものだ。私はドラ息子のことをすべて話すこととした。

・・・

「なるほど、そういうこと。」

「信じるのか?こんなバカみたいな話?」

すると扉が開き、あの若造が入ってくる。

「調べたよ、嬢ちゃん。あんた家なき子か。そんな嬢ちゃんに朗報があるぜ。1年で年商1000万だ。あんたなかなかの器量だしね。No.1も夢じゃない。俺と一緒に世界を狙ってみたくないかい?そんな話がこの書類に判子を押すだけでかなう。指判でもいいよ。」突き詰める養子縁組の書類。

「いやだと言ったら?」

「そんなシャイな嬢ちゃんのためにすでに俺が押しといたから。」ぴらっとめくれすでにサインと判子が押されている。

「俺たちはプロだ。この手の手続きはもう完了している。これで嬢ちゃんに行くあてはもうない。黙って俺について来い。」

絶体絶命、四面楚歌。私が何か言い出すその前に笑い出す。少女の笑顔は心からのものだ。

「1000万?安いな、その程度じゃ俺たちは買えないね。」

「あっ?どうした?おかしくなっちまったか?」

「おかしいのはそっちだ。契約金だったら、丸が2つは足りないね。」

「言うねえ。じゃあ、どうする?証明してみせるかい?俺は音楽にはうるさいぜ?」

「俺のギターを持ってきな。それとベースだ。」

若造は首で合図する。屈強な男は取りに部屋を出た。

「おい、船津さん?どうするつもりだ。」

無視する。その眼はすでに鋭さを見せていた。

「いるんだろう、行広さん?リズムは8ビート、出だしはビーフラット。あとは任せる。」

「OK、任せな新。親父、体貸してもらうぜ。久しぶりにうずくぜ、最高のセッションだ。」

のちに語られる武勇伝の一つ『やくざをギター一本で黙らせた』バンドはこうして産声をあげることとなる。なにそんなものさ。これは遠い昔から増大したエントロピーの話さ。

悲劇なのかもしれない、喜劇的な作品が好きです。

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