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恋とすれ違いと水晶玉

勇者の弱点

作者: 酢に 蓮根

必殺息抜き。色々すみません。

お色気シーンはあるかもしれない程度のはず。

苦手な方は読まない方がいいかもです。


「大丈夫、俺がついていますよ。」


俺はにっこりほほ笑んだ。

親友とも言える神官いわく『腹黒過ぎるからやめろ』と言われる笑顔だ。

ただそんな俺の胸の内を純粋なこの人は知らない。

俺が今どれだけ凶悪な顔をしているかも。

ただ俺が耳元で優しく囁かれ、彼女が心の内側に必死で隠していた物があふれ出している。


彼女は顔を壁に押しあてたまま声を押し殺して涙を流した。


それは俺たちが魔王を倒し、捕えられていた聖女を連れ返ってきた事を祝う王宮でのパーティでの出来事。



この大陸の人間世界は魔王が率いる魔族軍によって侵略され、嘆きと苦しみに満ち溢れていた。

しかし、今いるこの国から勇者が発見され、魔王軍を討伐する事となる。


他国の高位貴族だった俺は諸事情により傭兵業の身であったのだが、神のお告げとやらで戦士として勇者一行に加わる事になった。

世界を救うのは大切な事だとわかっているしせっかく結構楽しく生きているのに世界がなくなるのもいやだ。

自分の命以外で失う物も何もない俺だからそれをすんなり受け入れられた。

ま、おもしろそうだと思ったのもあったけれど、本当は違う。


自分を探しに来た女勇者に一目ぼれしたのだ。


肩につくかつかないかの長さである黄檗きはだ色の、明るい茶色の瞳がまっすぐにきらきらと輝き、健康的な手足はすらりと伸びた色白の美女。

柔らかな声は元気いっぱいで体中からみなぎる力強いオーラが彼女を『勇者』だと感じさせる。

穢れのない心が滲むその笑顔と一言一言紡ぎ出される『貴方が必要』という言葉の甘さに。


惹かれてしまった。


それが彼女だった。


彼女にはやはり神に選ばれたという若い男神官と彼女よりほんの少し年上っぽい男の従者が同行していた。

この従者の妻がなんと聖女として選ばれたのだが魔王にさらわれ、彼は彼女を自分の手で救出したいという。

聖女って人妻でもなれるんだ、と心の中で思ったのだが従者もそう思っていたらしく『どうして私の妻が』と涙しない夜はないという。

ただ従者はそれだけの男ではなかった。

自分の手で妻を救うのだと名乗りを上げ、危険も恐れず必死で勇者にすがり、最初こそ神に選ばれたものではなかったが

ある日突然『導きの珠』という水晶玉が光って彼を勇者一行へ加える事を許したのだとか。

まぁ俺も『導きの珠』に選ばれた筋なのでそこで文句を言うのはやめよう。


従者とは言ったものの、それは勇者一行と行動を共にするため仮につけられた職業で、彼の本職は農民だった。

彼の言葉遣いや様々な所作、『私』という一人称の所為で高位の人間だと思っていたのだけれど違ったらしい。

・・・農民の妻が聖女って本当にどうなっているのだろう、この世界。


いや、それはさておいて、彼はそういう出自の為、剣も使えず魔法も使えなかった。

のちに魔法使いのじいさんや盗賊の女の子も加わったけれど、本当に彼は戦闘や旅で何の役にも立たなかった。


最初は。


しかし本当の彼は基礎体力もあり、頭も恐ろしいほどに良かったのだ。

そして人に頭を下げるなんて事が平気のへっちゃらの人だった。

ある意味怖い物知らずで最初の頃は『自分がおとりになります!』なんて言ってモンスターの前に躍り出たものだ。

いやーあの頃は本当に毎日大変だった。

俺は彼がケガしないよう盾になり、盗賊が本当の意味で囮と目くらましになり、神官が回復させその間に勇者と魔法使いが攻撃。

従者の暴走に何度神官が説教をしただろう。

・・・俺たちの神官は普段は冷たい印象で自分以外に興味がないというような顔をしているが実は世話焼きおかん気質だった。


とまぁ、そんな従者をみんなが放っておけるわけがなかった。

ようするにお人よし集団だ。


剣技を俺に、治癒魔法を神官に、攻撃魔法を魔法使いに、戦略を盗賊に、そして勇気のあり方を勇者に教わり、彼は強くなった。


純粋な分、混じりけなしに吸収も早く、気が付けば賢者と呼ばれる存在にさえなっていたのだ。


愛する妻の為に。


そのまっすぐな目に嘘偽りなく、勇者が憧れの目で彼を見つめていた。


彼女を見ていればわかる。


勇者が従者に惹かれている事ぐらい。


それでも彼女は堪えている。

心を必死で隠している。

わかりやすいけれど。

最初に気が付いたのは俺だったけれど、パーティの中で彼女の気持ちを知らないのは賢者だけになる有様。


本当に笑ってしまう。


勇者は従者が妻を思う姿に焦がれたのだ。


最もそれを彼女が口にする事はない。


俺たちもそれに気が付かないふり。


何も知らない賢者だけがただ己の愛の為ひたすら戦い続けた。


馬鹿な男。


最初は世界の為だった戦いがこの男の為の戦いになっているのを知らないなんて。


嫉妬で気が狂いそうな俺の気持ちに気付かず、勇者の優しさに甘えているなんて。


勇者は聖女を心から愛している賢者を愛している。

あんな風に人を愛する事ができるなんてどれだけ素晴らしいのだろうと本気で思っている。

だから自分が聖女から賢者を取るなんて事は欠片も考えていない。


命がけの報われない憧れ。


その純粋さとひたむきさは美しい。


俺も毒されている。


彼を愛する彼女を愛している。


ただ勇者と違うのは、俺は自分がその相手になりたいと心の中でどす黒い思いを抱えている。


勇者を手に入れるのだと俺は心に決めていた。


「年よりの戯言じゃがのぅ、おなごを無理に手籠めにするような事はやめなされよ。」


・・・魔法使いのありがたいご訓示はとりあえず頂戴しておいた。『わかってますよ☆彡』と真面目な顔をして頷く。


「頑張ってくださいね☆☆☆応援してます★★★」


・・・盗賊のものっすごい笑顔に対し、『君も頑張らないと俺たちの神官殿はオチないよ★★★』と、とりあえず返しておいた。


「お前盗賊に何か余計な事言ったのか?」


神官にある日ものすごい形相で詰め寄られたが知らないふりをしたら『その策士っぷりを自分の恋に反映させろ』と更に言われた。


俺の気持ちもバレバレだった。

知らないのは勇者だけらしい。


「あの、私、戦士殿の恋が実ればいいと思うのです!この戦いが終わったらお二人で私たちの村に来てください!

そう、もしかしたら私たちの子ども同士が将来私たちと同じようにパーティを組むかもしれませんね!」


・・・能天気な賢者に殺気が芽生えたのは笑顔で隠した(後から神官に『腹黒い笑顔はやめろ』と震えながら言われた)。


そんなパーティだった。


やがて俺たちは魔王を倒す事に成功。

聖女も無事救出し、連れ返って今日は王宮でそれを祝う宴が催された。


それぞれが美しく着飾られ、伸び放題だった俺のひげはきれいに剃られ、髪も短く整えられてしまった。


「・・・戦士殿、男前だったんですね。」


それはどういう意味かな、とやはり着飾られた盗賊に聞き返そうかな、と思ったけれどきっと神官に褒められたいのだと解釈。


「盗賊嬢もかわいいですよ、そのピンクのドレス似合ってます。ね、神官殿?」


とりあえず振っておいた。


「悪くないんじゃないか?」


おや、神官の顔がほんのり赤い。

これは思ったよりも脈ありなのかもしれない。

盗賊頑張れ。


とそこに本日の主役が控室に登場。


俺は息を飲む。


太陽の光をイメージしたという白っぽいレモンイエローのドレスに白金とダイヤのアクセサリーに飾られた彼女。


ぎこちない歩き方で俺たちに近寄ってくる。


お姫様、なんて言葉では幼稚に思える。


それは女神。

あまりにもまばゆすぎて近寄ることができない美しさ。


俺はなんていう人を好きになってしまったのだろう。

そう思わずにいられない。


固まって、ただ見つめて。

恥ずかしそうに頬を染めている彼女の女性らしい仕草に心を鷲掴みにされて動けずにいる。


なのだけど。


「美しいです、勇者殿。」


そんな俺をさておいて賢者が彼女に歩み寄りひざまずいた。

いつの間にそんな所作を覚えたのか。

賢い人の名に相応しいというか、何と言うか。

一方勇者は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

そりゃそうだ、好きな人に褒められればうれしい。

それが嘘偽りを告げる事のない、まっすぐな瞳を持つ賢者ならなおさら。


先を越された俺の心は荒れ狂う。


そんな俺に一服の清涼剤。


「貴方、勇者様が戸惑っていらしてよ。」


賢者の後ろで深緑のドレスを着た聖女がにっこりとやさぁぁぁぁしぃく微笑んだ。

『いや、本当の事だから。』という賢者だが聖女の凄みに圧倒され立ち上がり、3,4歩後ろへ引き下がる。


その様子を確認した聖女は扇子で上手に顔を隠すと俺だけにわかるようウィンク。

・・・そうですか、聖女にまで俺の気持ちバレてますか。

この分だと勇者の気持ちもバレてますね、はい。


・・・この聖女様、本当にどうして聖女なのだろう。

というかどう見ても農民の所作じゃない。

誰か本当の事を教えてくれないだろうか。


そんなこんなではあったけれど宴は始まり、長い挨拶の後ようやく歓談やダンスとなった。

もちろん平民出身の勇者や神官、盗賊、などなどまぁようするに主役の俺たちはダンスなどできるはずもなく、

それらを座って眺めているだけだったのだけれど。


「貴方、行きましょう。」


「ん?あぁ、わかった。」


賢者と聖女がホールへ歩み出る。


そして優雅に躍りはじめ、俺たちはぽかんとそれらを見ていた。


だから誰か本当に、あの二人が何者なのか教えてくれないだろうか?


改めて眺めれば本当に彼らは素晴らしかった。

ダンスもさる事ながら誰もが目を奪われる美男美女。

彼女の深緑色の目が彼の漆黒の目を見つめる。

彼の逞しい体が彼女の艶めかしい体をしっかりと掴んで離さない。

多くの人がいる中で、その空間だけまるで別世界。


「・・・彼らは昔魔族に滅ぼされた竜族の生き残りなのじゃよ。」


突然発した魔法使いの言葉に思わず全員が納得して頷いてしまった。

たしかに賢者の習得スピードは人間ではありえないほどだった。

そうか人間じゃなかったのか。


「彼らの言う村というのは竜族の生き残りが住む村でな、賢者はそこの長なのじゃ。

この国の王族とも裏で親交があり、実は貴族としての一面も持っている。」


はぁ、そんな裏がありましたか。

だったらもう少し最初から鍛えておいてほしい。


だって、勇者の顔が幸せそうなのに辛そうだから。


やがて勇者はそうっとその場を抜け出す。


俺はそれを確認し、自分も宴の会場を抜け出した。


彼女を探せば誰もいない廊下で一人、壁とにらめっこ。


俺は彼女の状況を即座に理解する。



そっと涙をこぼす彼女を俺を後ろから抱きしめた。



それが今の状況。


「大丈夫、俺がついていますよ。」


あぁ、腹黒いだけじゃない。

きっと体中の全部が真っ黒だ。

このまま俺自身が魔王になれそうなほどに、それほどに俺は彼女を欲している。

慰めるふりをして彼女の体の柔らかさを手になじませる。

囁くふりをして可愛い耳に唇を寄せる。


「大丈夫、このまま泣いていても。」


彼女は一瞬体を硬くしたものの、ふわんと力を抜いて顔を壁に押し付けたまま泣いている。


「ごめんなさい、何だかちょっと、具合悪いのかも。ドレスとかハイヒールとか普段着慣れないもの着てるからですね。」


そんな言い分け、可愛すぎる。


あの二人の幸せな様子に耐えられなかった自分が許せない、かわいそうな人。


俺がこんなにも好きなのに気が付かない人。


「聖女様、きれいな方ですね。」


唐突な彼女の呟きはきっと自分自身に言い聞かせているのだろう。


「そうですね。」


俺は相槌を打つ。


「想像よりずっとお似合いで、お似合いすぎてびっくりしちゃいました。」


「そうですね。」


「とても幸せそうで、ホント、愛し合ってるっていうのは凄いですね。」


「そうですね。」


「ホントに、ホントに・・・。」


彼女はそこまで言うと顔を上げ、抱きしめていた俺の手をほどくとゆっくり振り返った。


その表情に浮かぶのは涙だけじゃなくて心からの純粋な笑顔。


「良かった。私、勇者になってあの二人をまた一緒にする事ができて本当に嬉しい。」


・・・あぁ、貴女は本当に、俺の想像をはるかに超えた心のきれいな人。


「幸せすぎて涙が出てきちゃった。お祝いの場に相応しくないですよね。」


たぶん貴女は心の底から本当にそう思っている。

自分の中にある恋心の暗い部分を知らないままに。


自分の涙の本当の意味を理解できていない、無垢な心の持ち主。


そんな貴女を、俺は好きになった。


本当に好きだから。


「俺はそんな貴女が好きですよ。」


隠さずに言う。


でも貴女は、勇者は少しだけきょとんとした後、涙を自分で拭いて笑った。


「ありがとうございます、私も大好きですよ。」


いつもの笑顔。

きりりっと、前を向く心。


でも鈍感。

俺の言う意味の『好き』をわかってくれていない。

あぁそう言えば旅の間に何度も『俺は勇者さんの事が好きですよ』って言ったけれど軽かったからなぁ。

心の負担にならない程度に言い続けておけばそのうち本気だってわかってくれるかもなんていう作戦がまさか裏目に出るとは恨めしい。


俺はまわりの気配を確認する。


もう少しだけ人目につかない方がいいだろう、と『え?え?』と首を傾げる勇者の手を引き、控室の更に奥、

いざという時の替えの衣装が置いてある仮の着替え部屋へ彼女を連れ込み鍵をかける。

予想通り誰もいなくてよかった。


さすがに勇者も色々おかしいなー、ぐらいには思っていただろうけれど。


俺に襲われる、なんていうのは欠片も想像していなかったらしい。


両手を頭上でまとめられて壁に押し付けられた挙句、唇を奪われるなんていうのは信じられない出来事なんだろう。


一方俺はしたくてしたくてどうしてもできなかった事を達成させた喜びで心の中は黒い炎が立ち上っていた。


彼女の唇は柔らかい。

舌はちょっとかたいけど唾液はそのまま蜜で、奪うように絡めれば脳髄までしびれるような快感が立ち上る。

むーむー唸っているけれど、そのくぐもった声に俺の中のどす黒さが喜びを感じていた。


俺は自分の体を彼女に押し付ける。


ドレス越しだってわかっただろう。


俺の本性が。


勇者は首を必死に振って俺の唇から逃れようとして、その仕草が可愛くてどうしようもなくて。


でもあまりいじめすぎると嫌われるなぁ、なんて心の中の冷静な俺が呟くから、仕方なく唇を離した。


「何っで・・・?!」


非難の眼差しと、小さく弾む息と、動揺して震える声。


俺にされた事の意味を必死で飲みこもうとしている。

ついでに俺の唾液も飲みこんでくれればうれしいんだけれど、それはまた後回しになりそうだ。


「本当に鈍感ですね。」


俺はにっこり微笑んだ。

たぶんいわゆる腹黒い笑顔ってやつ。


「ここまでしないと俺がどういう意味で『好き』って言い続けてきたのかわからないんですか?」


反対に問えば彼女は目を丸くした。


「それともお貴族様になった貴女には俺なんて眼中にないんですか?まぁ元から俺は恋愛対象外でしたし。」


片手で彼女の両手を頭上でまとめながら空いている手で彼女の頬を撫でる。


旅の間、宿が同室どころかキャンプのテントで雑魚寝、挙句の果て服を着たままとは言え薄着の状態で一緒に川で水浴びとか、

よくもまぁ俺の理性よく頑張った、という事いっぱいあったけれど、それは全部勇者が俺を男として見ていなかったから。

仲間、というくくりでしかなかったから。


そんな彼女は今回の凱旋のご褒美として平民の身分から爵位を与えられた。

領地こそないけれど恩給とかそのあたりのお手当はがっぽりですし、

たとえ賢者と結ばれる事はなくとも男は選びたい放題のご身分になったからねぇ。


「だって、貴方、は、自分の国を再興する為に私たちの仲間になったんじゃ・・・?

貴方には必要な女性がいるでしょう?勇者なんて・・・。」


あぁそうか、彼女は魔王に滅ぼされた俺の国の事を。

俺が元王子と知っていたのか。


「だって言葉遣いや振る舞いが・・・。それに王にも伺っていたので。

王は、貴方がご自分の姫と結ばれて貴方の国を再興する事を望まれています。」


あの狸親父、ふざけるな。

俺の国が魔王軍相手に粘って時間を稼いだから勇者を見つける事ができたくせに。


「確かに俺の家族や守るべき人達を失ったのは悲しいし辛い出来事でした。

でも俺は傭兵としての自由な暮らしも結構気に入ってるんですよ。

だいたい国を守る事ができなかった王族なんて国民には必要ないと思うんですよね。

俺の国の国民って前向きっていうか自分たちでできる事は自分たちでやるっていうお国柄なんですよ。

最初からお飾りに近い物がありましたし。

たぶん国民の代表を集めて議会制の国を作って、この国の王がその後見になる。それが妥当案ですよ。」


「お飾りの割に強いですよね。どうして貴方が魔王軍を滅ぼせなかったのか不思議です。

本当は、本当の勇者は貴方だったんじゃないですか?」


・・・まぁ自分が強かったのはちょっと本当かな?

魔王にたどり着くまでのボス敵、物理攻撃が効かない相手以外はほとんど全部俺がぶっとばしたからなぁ。


「いいえ、俺はただの無鉄砲ですよ。

ちなみに俺たちの国を守り切る事ができなかったっていう話ですけど、陽動作戦にひっかかって、

俺が敵の副将を3人ぐらい国境近くで同時に相手している内に魔王に別ルートで攻め込まれてあっけなく、ってやつですね。

魔王を倒す事ができる唯一の剣、『勇者の剣』も持っていませんでしたから。」


俺は戦士であって勇者ではない。


「貴女以外に反応しない『勇者の剣』。扱えるのは貴女ひとり。だから貴女が勇者。」


勇者の剣って雄雌あるなら絶対雄だ。しかもエロイ方向に。

そうでなくちゃ彼女を選ぶわけがない。


「本当なら貴女のように優しくてきれいな人にこんな過酷な戦いをさせたくなかった。」


今掴んでいる手首から先、手の平にはマメが潰れた後でいっぱい。

神官が治すって言ってもそんな事をしていたらいつまでたっても硬くならないからと拒否して痛みをこらえ続けた証。

魔法の使い方を失敗して記憶の一部が消えた事もあった。あの時は元に戻す方法がわからなくて大変だった。

賢者が罠に引っかかりそうになったのをかばって大怪我をした事もあったっけ。


・・・あれ、結構自滅も多い困ったさんだな。


でも、そんなこの人が愛おしくて仕方がなくて。


「だからせめて俺が守りたかった。」


魔王軍の全て、俺が蹴散らしたいと願うほどに。


「俺が欲しいのは他の何でもない、貴女なんです。」


魔王軍の全てに『魔王以上の魔王』とまであだ名を付けられた俺だけど。


勇者にドン引きされるからそのあだ名を彼女の前で呼ぼうとする魔族は口を開く前に瞬殺したけれど。


あー俺結構最強?

いや、最強なのは、勇者、うん。


ただもう一度。


「好きですよ、アマリージョ。」


彼女の耳たぶを軽く噛みながら名前を呼び、囁いた。


「ロッホさん・・・。」


彼女が俺の名前を呼びつつもうつむく。


俺の気持ちに『今は』こたえられない女勇者、アマリージョ。


可愛い可愛い、俺の愛する人。


でも今日はもう、彼女を困らせるのは終わりにしよう。


今日は、ね。


「そろそろ行きましょうか。きっと今頃アスールさんが怒ってますよ。神官だから根が真面目なんですよね、あの人。」


彼女の腕と体を解放すれば、彼女はほっとしたような表情。

でも目にはうっすらと涙を浮かべている。

まぁたぶん、ファーストキスが好きでもない男で、しかもあんな強烈な、ねぇ・・・。

思わず同情する。

反省はしないけど。

アスールさんにばれたら速攻殺されそうだけど。

『同意もなしになんと不埒な!』って。

あの人本当、心の底から真面目な神官だからな。

盗賊のプリマベラ嬢(盗賊だけど『嬢』って呼ぶと喜ぶ)あたりはキャーキャー言って盛り上がりそうな気がする。

魔法使いのカリーさんは俺に『それ以上はダメですよ』と笑顔で言うのにとどめてくれるだろう。

賢者のネグロさんはばれても意味がわからず首を傾げるだけに違いない。

聖女様、もといベルデ様は・・・考えるのをやめよう、俺以上に腹黒い物を感じる。


とにかく、何事もなかったような笑顔を俺は作った。

勇者を怖がらせないように、この部屋を出て宴会場に向かう中、誰と出会っても不振に思われないように。


彼女を警戒させないように。


でも嫌われていない、と確信している俺は楽観的を通り越して少々馬鹿なんだろうと思う。


だって、そう思ったって仕方がないでしょ。


部屋を出ようとした俺の服の裾を掴んで、潤んだ上目遣いで


「ロッホさんのバカ・・・。」


なんてちょっとだけ拗ねたような顔をしてみせた彼女の顔を見たら。


うぬぼれますよ、俺は。

期待してしまってもいいかなって思うのは間違いじゃない。


その証拠に、この国の王がこの宴会の終盤、『勇者一行それぞれにできる範囲で望みを叶えよう』と言われた時。


俺は自分の国をまわる自由を欲した。

魔王軍によって一番最初に滅ぼされた人間の国。

あの国は魔王が滅びてもいまだ少数の魔族や魔獣の残党がはびこり、人間たちはいまだ命や尊厳を奪われ続け、恐怖に支配されている。

俺は彼らを助けたい。

元、あの国の人間として。


そう言ったらアマリージョはついてくる、と言ったのだ。

ちょっと距離を置いて会えない日の中そばにいなくちゃ寂しい存在だと気が付いてもらえる作戦は失敗なのか?


『私は勇者。人々を救うのが私の使命』


・・・まぁ勇者としては正しい判断だと思いますよ。


だけど不意打ちでファーストキスを奪った相手と一緒にいるとかどうかしてる。

いくら勇者の役割とはいえ、ねぇ。


「わかった、俺も行こう。」


「私も行きますぅ!」


「やれやれ、この老体、まだまだ隠居はできませんなぁ。」


・・・そうですか、お目付け役3人も一緒だから安全ですか、そうですか、甘いと思いますけどね。

俺の気持ちを暴露した以上、隙さえあれば俺は色々仕掛けますよ、色々。

純粋なアマリージョをひっかけるなんて楽勝ですからね、本当は。

俺の善意がそうしなかっただけで。


「私は村の再興と竜族の長としての役割があります。ご一緒できなくて申し訳ございません。」


あぁネグロさん、貴方は敵だけど味方です、感謝。


「ご武運を、ロッホ様。」


どういうご武運か今度教えてくださいね、ベルデ様。



そんなこんなで5人旅を始めた俺たち。


俺は戦士だけど策士だったと最近自分で自分に感動。


今では俺のアマリージョに対する愛情はもう目を背けずにはいられないのだとか。


まぁね、二人きりになった瞬間色々仕掛けてますから。


もちろん最後まではしてないですよ(にっこり)。


でも目と指と舌と耳で彼女を味わうぐらい、いいじゃありませんか。


彼女の仕草を目で楽しみ、

彼女の細い声を聞いて興奮して、

この指でこの舌で、他の誰もが知らない彼女を引っ張りだす。


まさか勇者がこんなにも、ねぇ・・・快楽に弱いなんて知られたら、魔族がそこを狙ってくるような気がする。


ま、彼女は自分がそういうタイプなんだって事自分でわかってないところがまた可愛いし、俺だって誰にも教える気はないし。

魔族だろうと人間だろうと、彼女の近くに寄らせる気は全くないし。


え、アスールさん?あの人はプリマベラ嬢にロックオンされてるから大丈夫。

そっちでいっぱいいっぱい。

カリーさんはもう枯れて悟りを開いてるから問題ない。


勇者の弱点は俺だけの秘密。


今日も罠をかけられた勇者は俺のベッドの上で身悶える。


「好きでも、ないッ人の前でこんな風になれるぐらい、私は最低な女なんですか?」


息絶え絶えの彼女は本当に美しい。

そんな疑問符すら愛おしい。


ちなみにどうしてこんな事を彼女が尋ねてきたかと言えば、彼女の『好き』っていう言葉を俺が否定したから。


「どうして信じてくれないんですか?」


涙目の彼女が本当に愛おしい。

だけど。


「俺の気持ちを信じていないのは貴女ですよ。」


「だって、ロッホさん、私をこんな風にして、楽しんでる・・・っ!」


「これ以外での愛情表現に気が付いてくれないじゃないですか。俺の『好き』の意味に。

こうしてる時だけが、アマリージョが俺の『好き』を実感してくれるでしょ?

いいんですよ、無理しなくて。いつかちゃんと『好き』になってくれれば。」


「違っ、私は、もう貴方の事が好きです!」


「貴女の好きと俺の好きはきっと違いますよ。」


「・・・やっぱり違うんですか?」


さぁどうだろう、俺にはわからない。


けどね。


いつか貴女が俺にすべてを捧げる覚悟ができた時、俺は貴女を信じますよ、勇者殿。



・・・・・・・・・・・・・・・・・



「あぁもう、馬鹿すぎてどうすればいいのかわかりませんわ。」


聖女ベルデは水晶玉で勇者一行の様子を眺めため息をついた。


この水晶玉は元は魔王の水晶玉で遠くにある本当の光景を見せるもの。

この水晶玉を魔王は毎日ベルデに見せ、勇者と賢者の仲の良さ見せつけ、聖女を絶望させようとしたのだ。

それを邪魔し続けたのは戦士。


勇者と賢者に甘い雰囲気が流れそうになるたびに阻止した存在。


「まさかこんなただのスケベだとは思いませんでしたわ。」


髪をかき上げ、呆れながら聖女は呟いた。


この妖艶な色っぽい美女がなぜ聖女なのか、本当に誰か教えてほしい。

聖女のイメージの9割が崩れていくのは間違いない。


少なくとも他人のあれこれそれを水晶玉でのぞき見とかありえない。


でも。


「祈りますわ、ロッホ様、アマリージョ様。貴方たちの為に。」


彼女の祈りは本物。


遠くから魔族の力を弱らせる。


だからこそ勇者の弱点は魔族に嗅ぎつけられることもなかった。


勇者の本当の弱点。


それがいつのまにか彼女のそばにいる戦士である事を知っているのは、数名のみ。



・・・腹黒ビバ。

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