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従魔師の冒険譚  作者: 夢無
序章
9/23

プロローグ3

2018/01/21改稿


 長が最後の力を振り絞り、キマイラへ駆け出す。

 キマイラも応えるように駆け出す。


 先程と違うのは、キマイラも長もそのまま互いの牙の射程に入った事だろう。

 キマイラの牙は、長の左前足の付け根を捉え、砕いた。しかし、長の牙はキマイラの首を捉えたものの、砕くことはなかった。

 つまり、長は負けたのだ。接戦にすら持ち込めなかった。ただ、僅かばかりの手傷を負わせただけだった。


 キマイラは勝利の咆哮をあげた。忌々しい犬どもの長と思われる個体を討ち破り、残る幾匹の犬へ視線を向ける。

 犬は未だ戦意衰えず、唸りをあげている。だが、容赦なくキマイラは襲いかかる。あと数歩で彼らへ食らい付くと言うとき、不意に彼の足が落ちる。落とし穴だ。


 狼と犬は、長の命令によって懸命に穴を掘った。長の知る古い狩人の知恵、罠だ。

 キマイラが穴に落ちた後、彼らは必死にキマイラに食らい付いた。その顎力は既に疲労とともに弱っていたが、それでも尚、長の命令通り、少しでも多くの傷を残すために何度も食らい付いた。一匹、また一匹と力尽きる。

 そんな中ふと、キマイラの身体に白橡色の縄の様な物が巻き付いているのを狼は見た。しかし、そんな彼も、意識を失ってしまった。


 蛇は、落とし穴にはまったキマイラの首を中心に巻き付き、締め上げ、何度も噛みついた。

 だが、そう上手くはいかなかった。狼達の決死の突撃も、キマイラの命を奪うことができなかった。

 今、意識ある犬はおろか狼もいない。万策尽きた。


 そんな時である。首に巻き付く蛇へ噛み付こうとしたキマイラの獅子の顔を土の刃が貫いたのは。

 恐らく魔法によって作り出されたであろうそれは、(かす)かな魔法反応を残し崩れていった。

 蛇は締め上げる力を弱めると、その意識を手放した。彼もまた、身体を強化する事に、魔力の多くを傾けていたのだ。


 こうして、迷いの森の一画 狼の縄張りでの戦いは幕を閉じた。多大な犠牲のもと、魔獣達の辛勝と言う形で。



-同時刻-


 弓の様な形をした杖を、弓の様に構えていた女性が、その構えを解く。

 彼女は尖った耳を持つ、黒髪の若い女性であった。透き通るという形容詞が良く似合う白い肌を、薄らと朱に染めた彼女がふと、呟く。


「森の様子がおかしかったのは、あなたのせいね」


 と。その声は肌の様に透き通った、可憐な少女のそれに近かった。

 彼女は、ゆっくりと振り返ると、来た道を帰るように森の中へ消えていった。なぜかその頬は雫により濡れていた。




-梟の野戦病院-


 傷の癒えきっていない狼達が、また戦地へ戻っていった。梟達の心は、彼らの身体と同じように傷ついていった。二度と同じ狼も、犬も帰っては来なかったのだ。

 まだ戦っていると信じたいが、万全の状態で怪我を負うのだ、怪我をした状態で万全の状態を越えられるわけがない。

 最後の狼を送り出してから、数刻程経とうとしていた。がさり、と草木が揺れる音がした。また、怪我人が来たのかと顔を向ける梟。

 草木を分けて出てきたのは、獅子の顔であった。梟達は悟った、犬も狼も、蛇も破れたのだと。

 しかし、様子がおかしい。獅子の額には、大きな穴が空き、血が止めどなく溢れている。ぐい、とキマイラが一歩前へ進むと、その足元から、傷付いた狼達が姿を現した。

 梟達は歓喜した。そう、勝利したのだ。この森の、狼の縄張りの者達が、遥か高みの存在を討ち破ったのだ。

 その後も次々と、魔樹の眷族の葉苔犬が、傷つき意識を失った犬や狼を連れてきた。梟達も、危険がないと知るや否や、子供達を呼び、治療に参加させた。

 だが、生き残った者は少なかった。狼は僅か六匹まで数を減らしていた。同じく犬は十匹、しかし彼らは長が生き残っていた。成体の梟は三羽、蛇は一匹。戦いに参加したものは僅か三割しか、生きて帰ってこなかったのだ。


 梟達の治療が終わる頃、森は夜の帳に包まれていた。


 これだけ盛大な狩りだ、勝利の後には宴もかくやとなるはずだった。だが、それはできない。蛇達の母の猛毒によって、キマイラの肉は汚染されている。誤って食べてしまえば、その猛毒に身を蝕まれてしまう。はずだった。

 なぜなら、余程腹を空かせたのだろう、そんなことは百も承知の蛇がキマイラの顔と尾を食べたのだ。しかし、キマイラのその身体にはもう毒が無かった。

 キマイラもまた、急速に進化を遂げていたのだ。それは、生き残るための進化だ。つまり、解毒の術である。戦いの末期、狼の長との戦いの時点で、彼は既に毒の影響など受けていなかったのだ。

 ただ、彼はそれを知ることなく死んでいった。


 蛇は、分けて食べるような仕草を見せ、橡の木に登りそのまま眠りにつく。


 勝利の立役者たる狼達は、胴体を食らう。狼よりも少食な犬達は、足の三本を食らう。梟とその子供達は、残る足を食らい、皆同じように眠りについた。

 橡の魔樹達は、戦いで散った者達を弔い、その養分を食らった。


 最も朝早く眼が覚めたのは、狼達であった。彼らは、これから巣に帰り、子供達と長を決めなければならない。六匹は並び、他の者を起こさぬよう、ひっそりと帰った。

 だが、そのうち五匹は気付いていた。その一匹が長になるだろう事を。

 その狼は、最後までキマイラに食らい付き、蛇を見た後に気を失った彼である。彼は、キマイラの肉を食らってから一晩で、一回り大きな個体となっていたのだ。

 そう、彼こそが後の<榛摺の大狼>その若かりし頃である。


 次に眼が覚めたのは、梟達である。彼らもまた、気付いたのだ。人の頭程しかなかった身体が一回りほど大きくなり、魔力も強くなったと、気付いた。子供達は、相変わらず子供であった。


 最後に眼が覚めたのが、犬達だ。犬達の身体も一回り大きくなり、体毛の色が変わった。榛摺色だった体毛が、白橡色になったのだ。恐らく、一日の間に橡の魔樹の実を多量に食べたことが、なんらかの変化のきっかけになった。彼らは気付いていない、その牙から毒の雫が垂れていることに。やはり犬頭は賢くなかった。


 蛇は夜が明ける前に、弟達のもとへ帰っていた。

 蛇はこれから、一人で小さな彼らを育てていくのだ。立派に戦っていたから想像がつかないかもしれないが、彼はまだ大人ではないのだ。だがきっと、その子育ては上手くいくだろう。この狼の縄張りで、この蛇を蔑ろにするような存在はいない。

 蛇の親子は、彼らが思った以上にキマイラとの戦いに貢献しているのだ。


 かくして、狼の縄張りの魔獣達は、彼らの知らないところで進化していくのだった。





-とある大都市-


つり目の、決して若くはない女性が、威厳ある机に肘をつき、険しい顔つきで若い女性を睨み付ける。


「つまり、迷いの森で強力な魔物が多数徘徊しているということね」


机の上にある皮洋紙には、この国の文字でこう書かれている。


-原因不明な黒鉄級魔物の氾濫とその影響について-


 その若い女性は、弓の様な杖を背中に背負っている。彼女はなにかを思い出しながら答える。


「はい、さらにはその影響でそれぞれの種族が急速に進化を遂げ、森全体で魔物や魔獣が強大、強力になっております」


 詳しくは紙面にて、と締め括る。すると、問いかけた女性が紙面に目を走らせる。そこには、現地でのあらましや、その後の進化の推定が記載されていた。


「なるほど、これは重大事案として処理いたします。まずは、各地の<冒険者>達の質を上げる事を重点事項として、<協会>へ通達します。その他の対応は、これから詰めていきます」


 言うや否や彼女の後方にある、四角く黒い箱に繋がる同じく黒色の円柱を手に取り、口に添える。


「ああそう、他に報告する事項が無いのなら、引き続き調査をお願いしたいのだけれど、構わなくて」


 しかし振り返りながら、若い女性に話す。彼女は、


「お任せください」


 と頷き、部屋から退出する。

 彼女が部屋から出るのを確認すると、円柱に話しかける。


「最重要事案生起、直轄幹部集会の開催を提案、期日三日後」


 後に、冒険者基準見直し改革と第一次森伐遠征のきっかけとなる、協会長会合。それはこの時、この場所から始まったのだ。



-プロローグ3<因果の向こう>完-





ありがとうございました。次回から本編の導入編が始まります。

まだまだ説明が多いですが、世界観に浸っていただきたいので、丁寧に実施します。




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