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従魔師の冒険譚  作者: 夢無
序章
6/23

プロローグ2

2018/01/21改稿


 きっとジェイドにとっては些細な事だったのだ。

 所詮預かり知らぬ赤の他人、例えそれが自分の前世であったとしても、ジェイドの心情に与える影響は、前述した程度なのだ。


 ましてや、わかったことは名前と最後の望みだけなのだ。そこから彼に変われなどと言うのはそもそもから違うのだ。


 時系列は物語冒頭へ回帰する。

 そう、数日前のことである、彼が転生したことを認識したのは。

 餡掛けパスタから数日が経ち、ジェイドはこれまでと変わらぬ生活を送っていた。少しだけ変わったのは、これまでより、幾分か、勉強と訓練に熱が入るようになったくらいである。


 無論この日も彼は母とともに農作業に従事し、父の仕留めた魔獣の解体を手伝い、ほんの少しだけ訓練をつけてもらう。

 そんな一日の、訓練の途中に父からお使いを頼まれたのだ。


 安直に訓練広場と呼ばれる、この村の男達が鍛練する広場。

 雪かきのされた、運動にある程度適したその一画で、ジェイドとエリシオンは打ち合っていた。


「なあ、ジェイド」


 エリシオンは自称「それなりに優秀な斧槍おのやりの使い手」である。


 恵まれた体躯から放たれる素早い突きと重い打撃に近い斬撃。射程の長さを活かし、堅実に戦う。

 敵方から見たときの彼の存在は、視線を嫌でも釘付けにされ、自分の又は彼の後方から来る増援を警戒することとなる目の上のこぶである。


 だが今は、主兵装たる斧槍ではなく、片手剣を手にしている。

 いくら最も得意とする主兵装が斧槍とはいえ、その強靭な身体から放たれる剣撃は、十分な威力を秘めている。


 今もまた、喋りながら斬り下ろすように振るう斬撃。

 ジェイドは、表情を歪めながらも重たいそれを受け止め、言葉を返す。


「なんだい、父さん」


 鍔競り合いはほんの一瞬である。エリシオンが剣を引いたと思いきや、次の瞬間には同じ経路、同じ速度でもう一度斬撃が放たれる。

 ただ一つ、込められた力が大幅に増えているが。


 ジェイドは悪寒を感じ、とっさに身を引き、距離を離す。直後、空振りとなった斬撃が、地面へ到達する。甲高い金属音が響くと、剣先が地面に埋まっていた。


 そう、地肌を斬っているのだ、ただの<鉄の片手剣>がである。


「ああいや、ちょっくら今日仕留めた肉をな、グロリア婆さんに届けて欲しかったんだがな。どうだ、頼まれてくれるか」


 軽々と剣を引き抜くと、両手で剣を握り顔の横に持ち上げ、剣先をジェイドへ向ける。

 そして、力強く一足踏み込む。


 歴戦の戦士の踏み込みは、いかなる攻撃にも怯まず、ただその敵を打ち砕くための助走であり序奏だ。


 それは、一度のまばたきの間にジェイドとエリシオンの距離をなくす。

 ジェイドは、目をそらすことなく、中段に構えた剣先を少しだけ傾ける。ちょうどエリシオンの顔へ向けるように。


「ああ、まかせてくれ。俺もちょっとグロリア婆ちゃんに用事があったところだし」


 エリシオンのしたこの踏み込み、顔の横で構える事には理由がある。敵方の動きに合わせた、最適な攻撃へ繋げることができるのだ。


 その中から、エリシオンは<振り上げ斬り払い>と呼ばれる、守りの構えをとる敵方へ有用とされる斬撃へ繋げる。


「これだけ力の差があるなかで、防御という選択肢は、あまり関心しないなっ」


 ジェイドの目にはふらり、と剣が揺れた様にしか見えていなかった。

 しかしその次の瞬間には、ジェイドの剣は宙を舞っていた。


 エリシオンの剣は、最短の距離を通りながらジェイドの視界下方から振り上げられ、掬い上げるように剣を打ったのだ。

 本来であれば、中盾を捲り上げるように放ち、体勢を崩したところを斬り捨てる。敵方の命を奪うための戦技だ。


「今日の訓練はこれで終わりだ。身体や武器に魔力を行き渡らせ、一時的ではあるが強化できる。それがどれだけ重要かということ、それから明らかな力量差の場合は回避の方が得策であるということ、理解できたか?」


 エリシオンは剣を鞘に納め、吹き飛んだジェイドの剣を拾いながら語りかける。

 対するジェイドは、何度も斬り結んだうえ、実戦に近い二度の重打を受け、疲労と衝撃で痺れる腕を見つめながら、


「痛てて。世の中はこんなのばっかりなのか、頑張ってはやく俺もできるようにならないとな」


 強く意気込むのだった。


 自称それなりのエリシオンではあるが、実際はこの村で頭二つ三つ飛び出る程の非常に高い実力の持ち主だ。

 世の中の百人が百人、彼ほどではないのだが、勘違いでもやる気を出しているのなら、無理に訂正する必要もないだろう、とエリシオンは思った。


 だがこの時、同時に恐怖を覚えた。

 それは、生物的な生存本能から来るそれではなく、父親としての威厳が脅かされる冷や汗であったが。


 ジェイドは父が、教育訓練のために手加減をしたと思っているが、そんなことはない。

 強烈な踏み込みから放たれる一連の戦技は、踏み込みによる運動エネルギーが上乗せされており、そう都合よく手加減などできないのだ。


 エリシオンとしても大怪我さえしなければいいだろう、程度しか手加減をしていないのだ。

 それがどうだろう、無意識の内とは言え、腕が痺れると言う程度に受け流しているのだ。

 これを才能と言わずして何と言うのか。


 兄のフリッドには従魔師としての能力を抜かれ、弟のジェイドには戦士としての才能で置いていかれる。このときにエリシオンが感じた恐怖は彼を突き動かした。

 これまでは、加齢とともに急激に衰える、力の現状維持のために鍛練を続けていた彼が、この日を境に、更なる向上のための研鑽を始めたのだ。


 この研鑽が、後にこの村を窮地から救う事になるとは、誰も知る由もなかった。


 父の立場を心配している、エリシオンの気持ちはつゆ知らず、ジェイドは先程解体した生肉を運搬袋に詰め、エリシオンから受け取った自分の剣を腰に下げ、グロリア老宅へ足を向けるのだった。


 グロリアは、エリシオンの養母である。エリシオンの両親は、彼の幼いとき、狩りの中で命を落としたとされる。

 一日の内に、両親を亡くした彼を引き取り育てたのが、グロリアとその夫セドリックである。


 セドリックは、威厳のある口ひげがチャームポイントの、優しい祖父であったが、ついにシヴィカの物心つく頃に亡くなってしまった。


 グロリアは魔術師である。古い学術に精通しており、占い魔法の使い手で、村の相談役の様な存在だ。

 グロリアの占いは村のためだけではない。この村の村人は、困ったときに彼女に相談をする。

 そんな彼女の住む家は、村の端にひっそりとある。小さなその家で彼女は一人で暮らしている。


 ジェイドは、占い魔法の使い手で、多くの知識と見識のある彼女に、転生の事でも相談に行ければと機会を探していた。

 そんな時にこのお使いである。千載一隅とは言い過ぎだが、一石二鳥と足どりは軽い。鳥だけに。


 ジェイドが運搬袋を片手に老宅への道を進むと、通り道の家々から、これも持っていって、とグロリアへの差し入れが手渡される。

 いつも相談にのってくれるグロリアは、村の皆にとても好かれているのだ。


 はじめは一つ、片手にあった袋も、老宅にたどりつく頃には両手一杯にぶら下がっている。

 なんとか手を開け、扉を叩く。


「おおいグロリア婆ちゃん、俺だよ俺、俺が来たよ」


 言うや否や、扉が開き。中からしわがれた、それでいて芯の通った声が聞こえてくる。


「待っておったよ、可愛い孫や、早く上がってその顔を見せとくれ」


 手招きをしながら出てきたのは、尖った耳をした、黒髪の老婆である。

 弧を描くような不思議な形の杖をつき、腰が曲がり、ジェイドの胸ほどの身長しかないが、不思議と弱々しいという形容詞は似合わない。


 そんなグロリアは、ジェイドの顔を見ると、少しだけ驚いた顔を見せる。


「あら、今日は一人お客さんが多いみたいだねえ。ささ、外は寒い、ゆっくりお茶でも飲みながら話を聞かせておくれ」


 ジェイドは連れられ、客間へ向かう。

 途中、たくさんの差し入れと食料を炊事場へ置いていく。


 客間には一人暮らしにも関わらず、椅子が六つある。

 ジェイドはその中から若葉色の鉱石の装飾のついた椅子に腰かける。


 すると、グロリアはその向かいに原木を切り出した様な厳つい椅子を動かし、腰かける。その椅子は、昔セドリックの使っていたそれである。


 いつの間に用意したのか、テーブルにはポットがある。香草茶の優しい香りが鼻腔をくすぐる。

 ジェイドは、優しい香りに包まれながら話を切り出す。


「久しぶり、婆ちゃん。今日はたくさんの話を持ってきたよ。例えば、俺が転生した話とか」




-プロローグ2<世界を越えて>完-

 

 



あと一つプロローグがあります。

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