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従魔師の冒険譚  作者: 夢無
序章
5/23

プロローグ2

2018/01/21改稿


 家族団らんの風景である。

 それは、昼間命がけの狩りを行うエリシオンにとっての、あるいは曇天の下かじかむ手を動かし農作業に従事するクラリティにとっての、心安らぐ憩いの時間である。


 特にこの日は年の変わり目、特別メニューがある。普段は年相応の二人であるが、目の前の料理には、二人の娘達と同じようにはしゃいでいた。


「ねえジェイド、これはどうやって食べるのかしら?」


 クラリティが、食欲を刺激してやまない香りを漂わす<麺料理>を指し、小首をかしげてジェイドに問いかける。


 それは細く長い、小麦色をした麺。所々に絡み付くように散らばる黒色は、これまた村では手に入らない香辛料、つまり胡椒、先程から食欲を誘う香りの正体はこれのことだろう。

 さらに、麺の上には青々とした野菜が添えてある。フォーレンと呼ばれる、村の畑で採れた、この時期が旬の野菜だ。

 そして、極めつけはベーコンである。魔獣の一種<厚皮豚>の肉を使用した、岩塩のきいた保存食だ。普段は、スープに入れるなどして、味を薄めて食する。


 この豚、名前の通りとても皮が厚い。それは、凶暴な魔獣の多い森の中で生きていくための当然の進化だったのだろう。

 しかし、ただでさえ厚い皮を破り、食らいついても、この豚は、岩塩を舐めて体に蓄積することで、とても塩辛く、食べられたものではない。

 その代わり、血を抜くだけで腐りにくい保存食に早変わりなのだが。


 食材そのものは豪華だが、シンプルな料理だ。麺と葉っぱとベーコンをあえて、胡椒をまぶしただけ。


(でも、それだけじゃないんでしょう)


 料理を前に、両親と姉妹の四人は同じ感想を抱いた。そして、互いに視線で牽制をしあっていたが、


「こんな感じで、フォークに絡めて掬って食べるんだ」


 器用にフォークに巻き付け、実演するジェイド。


 どうだろう、まるで赤信号で停まっていた車列が、青信号に変わった時のように。四人はゆっくりと、真似をするように手を動かし、食べ始める。


 初めて食べる料理に、四人の感想は等しく同じものだった。

 まず、美味しい。何にも優先して感じた事である。最初に口に運んだ物はそれぞれ違ったが、共通して言えることは、塩気である。

 だがそれは、普段のベーコンを知る四人にとっては、初めての味だった。


 確かに、普段からジェイドの作る料理で、たびたびベーコンは使用される。しかし、今回のそれは、また少し趣の異なるそれであった。

 それは香りであった、酸味のようで、甘いような、それでいて爽やかさのある香り。胡椒のせいではないであろう、何故なら、噛めば噛むほどに、歯と歯の間ですり潰された粒から、舌を直接刺激する感覚と、胡椒特有の香りが口の中に広がるのだ。


 現代人が食べれば、楽団の様とでも例えるのだろう。

 そもそもこの程度の料理は、一般家庭の夕食でしかないのだが。

 

 さて、この<麺料理>は現代で言うところの<パスタ>であった。四人の言う香りの正体は、香味油。つまりオリーブ油に近いもの、正確には東のどこかにある植物から採れた油である。


 ジェイドはエリシオンの買ってきた麺を見たときに、ピンと来たのだ。その麺は、輸送で腐らないよう乾燥して固くなっていた。

 つまり、お湯で戻すのだろうと感じたのだ。同じ茹でるならば、フォーレン、ベーコンも一気に茹でれば、それぞれに塩分が行き渡り、味付けも容易になると判断した。


 さらには、フリッドから土産として貰っていた、いくつかの調味料と香辛料。その中から、隠し味で香味油と胡椒を使用した。結果は四人の表情を見れば明らかだろう。


 ジェイドは、驚愕した表情を見せたと思いきや、黙々と食べ続ける四人を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 新作を作る度に、もし口に合わなければ、と心配になってしまう。特に今回のような手探りの料理ならば尚更のことである。

 そして、四人のお皿に残るパスタが半分近くになった時、不意に声をかける。


「はい、みんな休憩」


 四人は何事かと感じた事だろう。

 だが、先程暖炉にかけた鍋を片手に微笑むジェイドを見て、納得するように料理から手を話す。


「次はどんな料理がでてくるのかしら」


 アリアは目を輝かせ、楽しみなのがひしひしと伝わってくる。


「それじゃあ、お皿をこっちにくれるか」


 ジェイドは四人から底の深い皿を受けとると、鍋の蓋を開ける。


 もくもくと湯気が立ち上ぼり、その中身が明らかとなる。


「な、、、なによそれ」


よほど楽しみにしていたのだろう、鍋の中身を見て戦慄する。


 それもそのはず、鍋の中にはどろどろとした茶色の液体が入っていた。


「まあまあ、見ていてくれ」


 ジェイドは得意気な顔で、それぞれの皿に奇妙な液体を注いでいく。なみなみと。


「お、おいジェイド...俺はかけなくてもいいんだぞ」


 エリシオンが恐る恐る声をかけるが、


「見た目はあれだけど、とっても美味しそうね。まさか、かけないで食べるなんて事を言う人はいないわ」


 クラリティの一言の前に即座に撃墜されるエリシオンである。


「でもでも、鍋から出てきたらとーめーなの、それにすっごく美味しそうな匂いがする」


 シヴィカが陽気な声で言う。そう、これは現代で言う<あんかけ>である。


 茹で汁の残りに、作りおきブイヨンを加え、さらにフリッド土産の片栗粉を使用した、またまたシンプルな餡だ。


 だが、隙を生ぜぬ二段構えの餡掛けパスタに死角は無い。先程のパスタは、あっさりとした中に香辛料の香りが抜ける料理。しかし、餡をかけることによって、まずは温度が変わった。


 あえて食べるまでに時間をかけたのには、理由があったのだ。冷めても美味しいパスタと、熱々だからこそその旨味が引き出される餡掛け。

 さらに、野菜の甘みをベースにしたブイヨンは、そのとろみとあいまって、先程までの堂々として刺激的な味から一変し、マイルドな味わいが口に広がった後、優しい香りが残る。


 主役のパスタもまた表情を変える。先程まではしっかりと噛みしめる事の出来たそれが、つるつると、そして時間が経てば経つほどもちもちとしてくるのだ。


 フリッドから聞いた物とは少し異なるが、ほぼ再現出来た事と、家族を満足させられたことに喜びを感じるジェイド。


 そして、今日あったことや、料理の話で盛り上がりながら、楽しい団らんのひとときは過ぎてゆくのであった。



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