プロローグ2
2018/01/21改稿
ジェイドと言う少年は、同じ年齢の子供達とは少し様子が違っていた。
子供らしいと言うその一点は、非常に似かよったそれではあるものの、かと言って雰囲気が違うと言うほど明らかに異なることもない。
所々、また節々がずれている。それが大人達の彼へ抱く気持ちである。しかし、多少ずれた子供など多くいる、特に際立って彼が注目を受けることは無かった。
その日は年の変わり目の日だった。翌日から新たな一年が始まるが、この村にとってはただの飾りである。
良く言えばのんびりとのどかな、あえて悪く言えば変わり映えのしない一日の連続、年が変わった所でなんら影響は無い。
少しだけいつもと違うことは、子供の成長を祝い、夕食が一品だけ多く食卓に並ぶくらいだろう。
この日も例外ではなく、いつもより豪華な食卓に妹のシヴィカは、父親譲りの琥珀色の目を輝かせる。
シヴィカはジェイドの三つ年の離れた妹だ。ジェイドとは違い、父親譲りの瞳の色をしている。ガラス細工の様に透き通るそれは、可憐な少女に相応しい繊細さで家族の癒しになっている。活発でいて、少しだけ人見知り、まだまだ両親と兄姉にべったりな少女である。
「わぁ、とっても美味しそう!早く食べたい!」
テーブルには、遠くの街から来る行商人から購入した<麺料理>と呼ばれる不思議な料理が並んでいる。
シヴィカの目は、初めて見る麺料理に釘付けだ。
「落ち着きなさいシヴィカ、そんなではシヴィカの分まで私が食べちゃうよ」
今にも飛び付きそうなシヴィカの頭を、撫でながら諭す姉のアリア。
アリアはこの年に成人を迎える。煌めくアッシュブロンドの髪を三つに編み込み、背中で赤色の幅広なリボンを使い一つにまとめている。まだあどけなさの残る顔立ち、しかし雪の様な白い素肌が大人の女性の色気を持たせている。
村の中で美人を選べば、片手の順位に収まるだろうとジェイドは思っている。一番でないあたり、ジェイドも男の子なのだ。
そんなアリアの背にあるリボンは、少し前にジェイドがアリアにプレゼントした物である。アリアもまた、家族が好きなのだ。
そんな二人の様子を微笑みながら見守る、アリアと同じアッシュブロンドの髪を腰まで伸ばし、彼女とは異なりおさげとしている。絹のようなきめの細かい白い肌をもち、それでいて年を重ねた色気を纏った女性だ。
ジェイド達の母クラリティである。その隣には、その夫であり、ジェイド達の父であるエリシオンもいる。
エリシオンは黒髪に琥珀の瞳を持ち、日に焼けた褐色の肌の長身で肩幅の広く、筋肉質な雄々しい、三十を半分過ぎても尚衰えを知らぬ男である。
「いやあ、行商人から買ったが、どうやって食ったものかと困ったもんだったが、杞憂だったな」
ガハハ、とエリシオンが豪快に笑う。つられるようにクラリティも手を口に添え、上品に笑みを浮かべ言う。
「お料理が好きなんて、男の子らしくなくて心配だったけど、やっぱり教えてみるものね、ありがとジェイド」
そう言うと、調理場から鍋を手に歩いてくるジェイドへウインクをする。
ここで冒頭に戻るが、数あるジェイドのちょっと変な所。その一つがこれ、料理好きだ。決して悪いことはないし、いないことはないのだが、十二の男の子としては珍しいと言える。否、好き嫌いは良いとして、本職の主婦たちも驚愕の料理上手とはこれはいかに。
成人し、結婚にむけた花嫁修行を始めたアリアの、料理の師匠はジェイドだ。アリアの女子力が低い訳ではない、ジェイドが高すぎるのだ。
さて、この村にはない麺料理についてジェイドが知っていたのは、転生したことを認識しているからではない。
数ヵ月に一度、村へ帰ってくる兄のフリッドから、自慢のように聞かされた旅の軌跡の中に<とても美味しい長くてつるつるもちもちの食べ物>の話があった。
兄の武勇とともに語られたその料理は、ジェイドの想像をかきたて、刺激した。頭の中のイメージだけで再現するあたり、やはり転生した事が関係しているのかもしれないが、定かではない。
ここで、調理場からジェイドが食卓へ近付く。
「ごめんシヴィカ、それにみんなもお待たせ、これで準備完了だよ」
ジェイドは蓋のされた鍋を暖炉にかけ、熱する。
年の変わり目は、季節的には冬季にあたる。決して雪深い訳ではないが、この時期には膝上程度の雪が積もり、空は雲に覆われ日の光は十日に一度あればいい。
そんな地域であるため、一家に一つ暖炉がある。この家のものは、煙突が壁と一体、つまり埋め込み式の物であるが、燃焼室の天板に熱を通す金属板の使用されたスペースがあり、鍋などの保温や加熱ができる優れものだ。
「おいおいなんだなんだ、てっきりその鍋も美味い物が入ってるかと思ったが、まだ食えないのか」
悔しそうな顔でエリシオンが言うと、ジェイドは、あはは、と誤魔化すように笑いながら答える。
「とっておきのお楽しみだよ」
にやり、と獲物を見付けた狩人の様な鋭い目付きで鍋を睨み付けエリシオンは言う。
「ほう、それは楽しみだ、待っていろ、鍋!」