プロローグ2
―人覇暦1277年年始某日 辺境の村―
数日前の事だ、少年がそれを認識したのは。
その少年の名前はジェイド。村で唯一、翡翠の様な瞳を持つ少年だ。
いつものように―その日が彼が産まれてから十二回目の年の変わり目なので、いつもとは違ったのかもしれないが―、寝具にくるまり夜を明かしていたとき、絵本を読むようにそれを認識した。
彼は一度死んでいたのだ。
より正確には、彼として死んだ後にジェイドとなり、今に至るのだと。
ジェイドは知っていた、それはジェイドが住むこの「辺境の村」に伝わる、生まれ変わると言う事だと。
数ある地方信仰の中でも、魔物と触れ合うこの村は、運命的、物語的な出会いと別れが多い。
彼らの祖先達は失った友や仲間達の英霊に新たな出会いを重ねた。
死して尚、隣人であるのだと、もう一度出会えるのだと。彼らは信じている、狭い世界で、命は循環しているのだと。
ジェイドは、彼が最後に大切な誰かの幸せを祈るのを知った。力及ばず、伝える事が出来なかった言葉なのだろうか。
それとも、その誰かに先に旅立たれてしまったのかはわからない。
だから、少しでも自分の大切な家族へ、愛が伝わるように、友が幸せに近づけるよう生きていこうと、無念の中に散った彼に誓った。
だが、彼であった事と彼の最後の願い以外は、ついに知ることはできなかった。
彼の素性も、彼が幸せを祈った最後の相手も、わからないままであった。
さて、この「辺境の村」は「従魔師の村」などと呼ばれている。
もっとも、この辺境を知る者など限られた一部でしかないが。
従魔師、それは魔物を従える特殊な技能―周囲からはその様に見えている―を備えた人間達である。強力で高い知能を持つ「魔物」と共闘するその姿は、その希少性ともあいまって、様々な憶測が飛び交っている。
ジェイド、翡翠の名を冠されたその少年は、しかしして、この小さな村からの旅立ちを望んだ。
若さもあった、だがその一番の影響は、彼の兄である。
フリッド、ジェイドの兄であり恐らく当代最高峰の従魔師である。
彼は村の外の世界で「冒険者」をしている。そんな兄もまた、村にいた頃は常日頃から、村の外へ出てまだ見ぬ魔物と友達になるんだ、と息巻いていた。
そして、成人を迎えたその年に、彼は村を旅立った。今も年に数回この村へ戻り、多くの土産話を持ち帰ってくる。
ジェイドの従魔師としての師はフリッドである、強く影響を受けるのはごく自然の結果だったとも言える。
ともあれ、この辺境の村で育つジェイドと言う少年はいつか旅に出るのだ、子供の行動力は大人の考えを越えることがあるが、大概の事は大人の想像通りになるものだ。
遅ればせながら説明しよう。この村での成人にあたるそれは、産まれてから十五回目の年の変わり目を迎える時、村のそばにある大きな森―あまりにも広いため「迷いの森」と呼ばれる―へ一人で立ち入り、半生を共にする相棒を見つける。
そして、無事に森から帰ったとき初めて、一人前だと認められるのだ。
これは決して無駄な慣習ではない、この村は土地が痩せており、作物が多くは実らない、そのため森へ木の実や果実などを取りに行かなければならない。かつ、狩りによって肉の類を確保しなければ、生きてはいけない。
つまり、戦う術を持つと言うことは、この村において大人の証なのだ。それは男女変わりなくそうである。
当然のこと、半人前の子供が旅をしたいなどと言った所で、相手にされることはない。
ジェイドにとってはこれからの三年間が、この村で過ごす最後の時間になるのだ。
まだ見ぬ世界への希望に胸を踊らせ、この先の三年を無為にすることがないよう気を引き締めるジェイドであった。
もっとも、その表情はだらしなくにやけているものであったが。