プロローグ1
新規追加分です。短いですがお楽しみください。
(何気ない日々は、唐突に終わりを告げてしまいました。非道な行いが、平和という状態を切り崩し、多くの家族を笑顔を、安心を奪い去ったのです)
重く苦しい気持ちを抱えたまま、車に揺られ、不意に考えてしまう。
私たちは、あまりにも、失うものが多すぎたのです。
―20XX年8月18日 昼下がりの頃 I基地から十数分の団地―
二人の男性が黒塗りの車から降りる。一人は溌剌とした初老の、もう一人は若く、好青年である。
しかし、その二人に共通している事項は、その服装である。
制式化され、専ら礼式などで用いられるその服装は、あるいは現在、そのために着用されていた。しかし、その胸や肩には、本来あるべきの輝かしい勲章の数々が外されている。本来であれば許されないのだろうが、喪にある人前で、煌びやかに飾るというのも礼を失するという、初老の判断により、最低限のそれだけを着用し、この場に臨んでいる。
二人が歩き始めると、初老の男性が松本君、と青年へ声をかける。
「ここが古井戸君と糸魚川君の自宅がある住宅で間違いないかな」
松本君、と呼ばれた青年は、はい、とはっきりと返事をしてから言う。
「ここの503号室と、505号室の並びであります。」
そうか、と男性は小さく返す。
「惜しい二人を亡くしてしまった。いいや、彼等だけが惜しい訳じゃないけれどね、特に身近な二人だったからこそ、より大きくそれを感じてしまうよ」
男性のぼやきに、言葉を返す者はいない。本来、この住宅も、もっと賑やかである。夏休み中のお昼、子供たちが外で遊び、それを見守る親たちが溢れかえっている。
そんなあるはずの日常を、未来を、一連の事変により奪われ、今は悲しみを多く溜め込んだ、耳を澄ませば誰かの泣き声が聞こえるような、それがこの団地の姿である。
(いつだって別れというものは突然です。しかし、それは自然のなかで起きるものであって、人の手によってもたらされるべきではない。そう考えてしまうのは、平和に慣れすぎてしまっているのでしょうか)
男性は、責任ある階級の軍人として、自分のあり方、考え方が正しいのかが揺らいでいた。
(死んで来い、と容易く命ずることが出来る、狂った人間のほうが、今のような戦時下においては必要です。しかし、私にはそのようなことは出来そうにありません。だからこそ、二人に無事に戻ってきてください、そう言ったのです)
しかし、二人はいつものようにへらへらと、楽しそうに帰ってくることはなかった。物言わぬ骸となって、あるいはそこにいたと言う一枚の小さなプレートだけとなって、帰ってきてしまった。
(果たして、どちらが、誰が幸せで、どちらが不幸なのでしょうか)
男性には、二人の息子がいた。兄は、名門の大学を卒業し、幹部候補生として軍人となった。基地は異なっていたが、同じ様に襲撃を受けた。彼は指揮所で勤務する中、建物の倒壊に巻き込まれ、命を落とした。遺体は激しく傷ついていたが、最後にまた、家に帰ってくることが出来た。
しかし弟は、高校卒業後すぐに入隊し、下士官として兄よりも長く活躍をしていた。彼は、男性と同じ基地に所属していた。男性の部下二人とは違う陣地に配置されていたという記録は残っているものの、その生死は不明である。彼らの部隊の遺体は、今も捜索中である。男性は思う、せめて死んだという証拠だけでも見つからないものか、と。
男性の妻は、帰ってきた兄の姿を見るや否や、声にならない悲鳴をあげ、泣き崩れてしまった。当然であろう。最愛の息子が、無残な姿となってしまったのだから。
(姿なく悲しませないことと、見たくはない事実の対価にまた会えること、どちらの方が幸せと言えるのでしょうか)
男性は、ふと空を見上げ、二人の息子に思う。
(できることなら、親よりも先立つなんて、やめなさい)
ぽん、と昇降装置が目的の階層へ到着したことを知らせる。
「ホールを右に曲がって、二つ目が503号室で、503号室は、古井戸さんの部屋になります」
松本が、目的地の位置を知らせる。
「わかりました、それでは向かいましょう」
-プロローグ1 <死線を越えて> 完 -
ゆっくりと、この続きと、ストーリーの改修を行っていきます。