#13 「決意」
〜霜月の20と4・alivioの何処か〜
「つまり狩矢君。君は漸く決意を固めた訳だ。本来なら固める必要のない決意を」
「あぁ、決めたさ。」
「俺は元の世界に帰る」
〜霜月の20と1・alivio博士ラボ〜
最初に口を開いたのは狩矢だった。
「結局。俺は何のためにあの場に行ったんだ?博士一人でもアレは解決してたろ」
それにすぐ言葉を返すことはできなかった。博士としても彼をあの場、つまるところfirstに連れて行くつもりではなかった。それが何故かロキによって連れて行く羽目になり博士は全部ロキが悪い!と叫びたい気分だった。のだが、目の前の彼の発するその邪険なオーラと顔はそんな答えじゃ許さない、といった風貌だった。
「社会体験、じゃあ納得してくれないか?」
「当然だろ何言ってんだ」
と言われても恐らく事実なのだからどうしようもない。ロキによって連れていかれたのであればでは何故、ロキは彼をfirstに連れて行きたかったのか。その理由を考えるだけならいくつでもその候補は挙がってくる。その中で博士が最もしっくり来ると感じたのが社会体験、という理由だった。本当の理由など結局本人に聞いてみなければ分からないのだが、妥当な理由としてはそれしか思いつかなかった。以前、ロキは神の権利の剥奪を言い渡された。それをされてもいいという覚悟の下、狩矢をこの世界へと招いていた。ロキはとても賢くまた危ない神である。博士はこれまで何度か彼の仕組んだ遊び(ゲーム)によって悲惨な結末を迎えた人や神を見ている。そのときの状況と今の狩矢を取り巻く状況、この二つは非常に近しいものを博士としては感じている。狩矢を独断でこの世界へと呼び出し、あえて事件を起こしそれを解決させ、そして目の前で己の無力さを思い知らせるように仕組んだ動き。全て大きな目的の一部に過ぎず、もっと他に別の意図があるんじゃないかと、そういう風に考えていた。
「また何かあった時に来てくれればいい。君も今日は色々あって疲れただろう?また改めて訪ねてくれないかい?」
「待てまだ話は終わってねぇぞ。ちゃんと理由を教えてくれ」
「また今度な。今日の所は帰ってくれないか?僕も暇じゃないんだ」
そう言うと彼は渋々とではあるが帰路につこうとした。
「明日以降ならいいんだな?また来るぞ」
「いや悪いが明後日以降にしてくれ。明日は用事が入ってるんだ」
「分かった。じゃまた明後日な」
そうしてようやく彼はラボをあとにした。何事も無かった昼過ぎの空の下を様々な感情が渦巻く中彼は一人家まで歩いて行った。
〜霜月の20と2・alivio狩矢宅〜
「そうか・・・今日は土曜だから学校はないのか」
朝食を食べ終え制服に着替えている途中で彼は今日学校が休みだということに気がついた。せっかくなので制服は最後まで着替えて今日はこれで過ごすことに決めた。
結局博士から借りた汚してもいい黒コートと銃はそのまま持って帰ってきてしまった。返すタイミングもなかったしなぁと思っているとふと、ある考えが頭をよぎった。黒コートを渡したことの意味について、もしかすると博士は直接的には彼に少しでも血が付着しないようにして彼を綺麗なままでいさせたかった、汚したくなかったのでないか・・・?という勝手な予感。だが何故かふと思いついた程度のものにしてはそれは当たっている気がしていた。
「あとはコイツにも連絡しねぇとな」
彼の手の中には一枚のメモ用紙が収まっており、そこには9桁の番号が書かれていた。
〜回想・alivioのどこか〜
「そんな気持ちは微塵もない。元の世界に戻ればまたあの山暮らしに逆戻りだからな。それと比べればここは現状衣食住がしっかりしている。だから俺は元の世界に帰るつもりは全くもってこれっぽっちもない。そんなに戻りてぇんだったら1人で戻ってろオッサン。」
「まぁ今はここの方が居心地がいいんだろうな。その気持ちは分かるさ、俺も昔そうだったからね。ただこれだけは覚えておいた方がいい。こっちの世界もあっちの世界も酷さはそう変わんないってことをな。」
そう言う彼の顔には悔しさが滲み出ているようだった。この様子では昔何らかの挫折をこっちとあっちの両方の世界で味わったのだろうなということがすぐにわかった。
「まぁ今日で君を説得するのは無理だって最初から分かってたからな。だから今日はこれを持って行ってくれ。じゃないと今日の成果がゼロになっちまうからな」
そう言うと彼は胸ポケットに手を突っ込み、一枚の9桁の数字が書かれただけのメモ用紙を狩矢に渡してきた。
「それは私の連絡先だ。連絡手段は自分で何とかするんだな。そんぐらいやってのけてくれなきゃ共に行動する者としては不合格だ」
〜現在・狩矢宅〜
狩矢は以前、職員室に忍び込んだ時のことを思い出していた。あの時は青山の個人情報を盗み見ようとしたのだったがそこで見たものはほんの数枚の資料と固定電話が机の上にあるだけだった。あの固定電話こそがこの世界での唯一の連絡手段なのだろう。だとすればそれを用いて彼に連絡をいれ、コンタクトを取る。その後共にこの世界からの脱出を図り然る後に元の世界に帰る。という風に彼のしばらくの予定が頭の中で固まった。問題はいつ職員室の固定電話を使うか、正直に言えば懸念されるであろう問題点はその程度だった。しばらくそれについて考えようとしたがすぐに真夜中に学校に忍び込み無断で使用すればいいかという結論に至った。そうと決まれば今晩早速忍び込もう、彼はそう決め準備に取り掛かるのだった。
〜同日日付変更前・学校内〜
夜中の時間がもう少しで変わるであろう時間に彼、狩矢直樹はいた。朝から今まで様々なことを考えていたが結局どうすれば元の世界に戻れるのか、その方法に自力で辿り着くことは叶わなかった。その代わりに1つの問題が再び浮上した。
「まぁ元の世界に戻るなんてまともな方法じゃねぇだろうからなぁ。そうしたら確実にミーちゃんが止めに行く方向で動くだろうしなぁ」
結局どうなるかなど本人の考えも大事だが周りのアクションというのもまたそれと同等又はそれ以上に大事なのである。だが今回周囲のアクションなどは彼からすれば全く関係の無いことだった。それ程までに彼の元の世界に戻りたいという気持ちは強かった。正確に言えばこの世界にいたくないという気持ちが強かった。ゆるりとそう考えながら歩いていると職員室の中に置かれている固定電話の前についた。この部屋にあるのは狩矢や赤井の担任である青山先生、以前消えた頁の二人分の専用の固定電話が存在する。もしも通話の履歴が残るのであれば?そう考えた狩矢は頁の固定電話を使うことにした。こちらを使えば不審な履歴が残っていてもあのような人なら違和感がないであろうし、何より頁の固定電話の履歴が見れるのであればとっくのとうに調べてることだろう。
そう結論づけ、狩矢は固定電話に9桁の番号を打ち込み1度、2度、3度、となるコール音を聞きながら彼が出るのを待ち続けた。6度目のコールでようやっと件の人物が通話に応じた。
「かけてくるなら今頃だと思ったよ狩矢直樹。君の動向は常に見張っていたからね」
「光栄だな。俺にそこまでの価値があると?」
「あぁ。青山の方じゃなく頁の方を使ったってのも俺からすれば高評価に繋がったしな。」
彼らは二、三言軽口を叩き一瞬互いに口をつぐみ
「そんじゃあ本題に入ろうか。オッサン」
狩矢の方からそう切り出したのだった。
それから緊迫とした空気が張り詰めた。実はこの世界に来てから狩矢1人だけでこういった危険なことをするのはこれが初めてで実は凄く緊張感を覚えていた。
「まぁ君の言う本題って言うのが以前俺の話したことで相違ないのかどうか、その辺どうなんだい?」
一言一言丁寧に、慎重に受け答えをしなければならないというプレッシャー。それをおくびにもださないように気をつけつつ
「この世界から出て地球に帰る、そういう風に考えているんだが、どうだ?」
そう返した。この時点では真剣に話を聞きつつしっかりと返答しようとしていた。だがその思いも次の瞬間に打ち壊されてしまった。
「そんじゃあまぁ明後日の昼頃!お迎えにあがりますのでぇ?まぁ家にいてくださいな。この通信の履歴と中身はデータが残りますからね!」
「は?ちょっと待て。てことはしばらく待てってことかよ?」
「そーゆーこと。理解が早くて助かるよ!色々準備とかもあったりするからね。楽しみに待っててくれよ」
それを最後の言葉に通信は途切れてしまった。確実に一歩進んだのは普通に考えればいいことなのだろうが狩矢からすれば今回で一気に進みたかった身としてはやはり憤りを覚えることだろう。そして電話相手である彼の最後の態度も相まって有り体に言えば狩矢は少し怒っていた。それも無理のない話なのかもしれない。何故なら彼は人に煽られた経験というものそれ自体は少なくないがこうも一方的にあしらわれてしまったことは今まで1度もなかったから。
結局狩矢は苛々しながらその中で一応一歩前進できたからまだいいか、と少しはポジティブに考えていた。
〜霜月の20と4・狩矢宅〜
電話をしてから翌朝、ではなく2日後の朝だった。だった、というのは今が昼前で朝というには些か語弊があると感じたからだ。今日は月曜日で狩矢は普通なら学校に行っているはず、というより赤井に無理やり連れて行かされるはずだが今日はそうではなかった。絶対に外せない大事な用があると言って休みを手に入れることが出来たのだ。狩矢としては嘘はついてないから責められる謂れはないはずだ、と思っていた。
予定では昼頃に「彼」が狩矢の家に来ることになっているからそろそろ来てもおかしくはない。準備は昨日しっかりと済ませておいたので問題ない。唯一の懸念点であった赤井も 平日に落ち合うことで介入はなかった。もしかしたら「彼」はそれを見越して平日に会おうと言ったのかもしれない。そこまで考えた時に玄関の方から扉を叩く音が聞こえてきた。
「やっぱりあんたか。それで?これからどうするんだ?」
「ひとまず中に入れてくれないか?君の家なら監視の目がないからな」
狩矢に言葉の意味を理解することはかなわなかったが、それを聞く前にずかずかと「彼」は狩矢の家へと入っていった。
自分用と「彼」用にお茶を注いでテーブルに出し、2人とも腰を下ろしたところで「彼」の口から本題が紡がれた。
「俺達の目標はこの世界からの脱出。方法は六世界全ての神を倒すことで最高神に謁見する権利を得る。その上で最高神に自分達を認めさせればこの世界から出ることが出来るはずだ。」
「具体的にはどうするんだ?俺らは人。相手は神だろ?この世界には能力とかいうものがあるにしても、2対1だという状況だとしても。俺は到底勝てるとは思えないんだが?」
「もちろんその為にお前を鍛える。俺が昔世話になったところだ。力が欲しいならあそこに行けば間違いないだろう。そしてその上でこちら側には博士、彼を引き入れる。」
予想外の人物の存在が「彼」の口から出てきた。確かに博士のことはfirstで見た通りその実力はかなりのものだろう。それに中野があのような言い回しをしてロキとも個人的な繋がりがある。そういった雰囲気は全くないがもしかすると彼は想像以上に大物なのかもしれない。だとすれば彼の力を借りるのはかなりいい選択肢だろう。だが、神というのはそれで勝てる程度の存在なのだろうか。そんな疑問が狩矢の頭をよぎったのと「彼」の口が開いたのはほぼ同じだった。
「普通なら、人と神が戦ってもまぁまず人側に勝ち目はない。でもそれはあくまでも普通の話だ。俺や博士、お前みたいな特例ならその限りでもない。それに博士なら君がそうしたいと言えば確実に手伝ってくれるさ。」
「その根拠は?そう言えるだけの確固たる根拠はどこにある?」
「そう焦んなよ。いずれ確実に分かることだからな。とりあえず向こう半年は力をつけるためだけに費やすからその覚悟だけはしておけよ」
そう言われ、俺はずっと言おうと。そう決めていたその言葉を言おうとした。その為にもあの日博士から貰ったボロボロのコートを羽織りレッグホルスターの中に銃もしまい、戦いに行くには最適であろう格好でそれを口にした。
「あぁ。おれの私利私欲だけで世界を掻き回させてもらおうか」
そう宣言してほくそ笑んだ存在は無視し、それを実行しようと一人の少年は動き出したのだった。