#11「戦争」
〜霜月の20・ラボ〜
「アンタは俺の目的を知ってんだ。なら勿論アレをfirstに連れていってくれるよな?」
「・・・・・・・・・。」
時は真夜中も真夜中。20日の24時を余裕で超えており、20日の25時あたりであった。今現在alivioのラボで向き合って話をしているのは、博士とロキの2人。誰も起きてないような時間に普通の人は近づかない博士のラボで話すことと言えばもうそれは秘密にしなければならないことをおいて他になかった。そして、今回の秘密のお話は当然というか、やはりと言うべきか。狩矢についてだった。
「神ナンバー2の俺からの命令だ。狩矢をfirstに連れていけ。」
ついに命令形を使い始めた。まぁこうして30分も相手に黙られていればイライラがつのり、命令形になってしまうのも仕方ないといえば仕方ないだろう。
命令形を使われて博士の方もようやく口を開き
「お前は今日・・・・・・正確には昨日か。に、神の権利を奪われたんじゃなかったか?今のお前に2番目に偉い神としての命令権など、無いはずだ。」
と言われ、すげなく断られた。30分かけてここまで言っても駄目かと思いロキは最終手段に出ることにした。
「あまりこういうことは言いたくなかったんだがな。博士、俺とアンタの最終的に目指すポイントは同じだ。んで、今回firstの戦争に狩矢を送ることでそのポイントには大分近づくと予想できている。それを言わせてもらった上でもう一度言うぞ。狩矢をfirstに連れて行け。こいつは俺とアンタ、それにこの世界に住まう全員の為だ。」
「それを言われたら・・・・・・連れていくしかないじゃないか・・・・・・。」
そうして時は4時間進み、5時過ぎ。博士は狩矢の家に赴くことになる。
〜霜月の20と1早朝・狩矢宅〜
非常識にも朝早くに彼の家を訪れたのは博士だった。以前ロキにfirstに行けと言われた時に博士を頼れと言っていたから事情を話して博士から行ってもらうようにしたのだろう。博士に悪いが戦争というものには何がなんでも行きたくないとそう思っている彼の朝の最初の一言はおはようではなく
「嫌だ。行かん。帰れ。」
絶対拒否だった。今まで普通(とは程遠いかもしれないがスラム街などの子供達と比べれば)の生活をしていた高校生からしたら戦争に行きたいと思う方が異端であって、行きたくないと思うのはごく自然のことであろう。そんな彼の心情を知ってか知らずか、恐らく知ってだろう。知って、その上で、彼を連れて行こうと説得しようとした。
「大丈夫だ。なにも戦争に参加してほしいと言っているわけじゃない。戦争を止めてほしいだけだ。参加する必要は、ないんだぞ?」
「そのだけってのが普通の高校生からすりゃあ嫌だっつってんだよ!?分かりやがれ馬鹿野郎!!」
こんな時間に声張り上げちまって隣の家のミーちゃんとか起きてしまったらどうしようか?と考えていた時にふと狩矢の中に一つの考えが思い浮かんだ。
「それ、なんで俺なんだ?神様は12人もいるんだろ?そいつらに任せればいいじゃねぇか。」
その発想は当然と言えるだろう。彼の頭の中で今から渦巻いている疑問は3つあった。
1つ、自分はこの世界にお呼ばれされてから随分と事件に巻き込まれすぎではないか、ということ。ただ、元の世界にいた時と比べれば少ないかもしれないここにきて12日、約2週間といったところで、この世界に呼ばれた、学校での件とこれを含めても4日に1回のペースで事件に巻き込まれていると言えるが元の世界では1日に3回ペースだったこともあるのだ。まぁまだマシな方だろう。
2つ、これは3つ目の疑問と被るかもしれないが、何故自分なのかということ。警察のような機関がないとおかしいのだ。教師という職があるのだ。警察があってもなんら不思議はない。だから、そういうところにこの件は任せてしまえばいいと思ってしまうのははたして彼のわがままと言い切れるだろうか。
3つ、ロキという神の1人が人に止めろと言う程の規模のものを何故他の神は今まで放置してきたのだろうか。疑問と言えば疑問、というか疑問でしかなかった。人がいなくなれば想像でしかないが神も困るだろう。そんなことをずっと静観しているだけなどおかしくないか?
と3つの疑問を頭の中で整理してやっぱり考えても解決しなさそうなことであることを再確認すると3つの疑問のうちの1つを博士に聞いてみた。
「今回のその戦争、なんで神様は解決に努めねぇんだ?」
自分のことについては頑張って頭をフル回転させれば答えが出るかもしれない。しかし、他人しかも神の思考など分かるはずがない。であれば誰かにか聞くしかなかった。
「人同士の諍いは人が解決すると、そう思ってるんじゃないか?」
帰ってきた答えはなんともシンプルなもので馬鹿でも理解できるものだった。しかしその答えは全く以て納得できないもので。それが意味することはつまり
「そりゃあつまり神は全部俺らに面倒事丸投げしたってことか?」
「そういう事だね。クズい奴らだよねまったく・・・・・・。」
神が動かないというのは分かった。そして残り2つの疑問も一緒に解決してもおうかな?と狩矢が考えた瞬間とある事に思い至った。
「・・・・・・そういや戦争の被害ってのは今日起こりうるものはどんな程度なんだ?」
「あくまで推論でしかないが、私の予想では六世界全て滅ぶ見立てだ。」
「ヤバイじゃねぇか!それを早く言えよ!!!」
以前狩矢はとある男性に共にこの世界から出ないか、と言われたことがある。その時に狩矢はその男性の提案を断り同時に自分でたてた誓いがある。
『自分の住む身の回りの世界は自分の手で守りきる』
ということだ。その誓いを守ろうとするならば六世界が滅ぼうとしているこの状況は見逃していいはずはなく
「さっきまでは駄々をこねてすまなかった。俺をfirstまで連れて行ってくれ。」
狩矢は覚悟を決め、戦争へと介入するのであった。
〜霜月の20と1・9時頃・ラボ〜
狩矢と博士は二人揃ってラボにいた。博士の説得から4時間経っているのにも関わらず、だ。博士の見立てによると恐らく六世界全てを滅ぼす兵器が用いられるのは11時頃だということだ。なのでそれまでご飯を食べたり、仮眠を取ったり、作戦について考えたり、武器の支給などをしていた。作戦については狩矢が言葉で説得して終わらせる。危険が迫れば迷わず銃の引き金を引いてその危険を対処する。と言った感じで武力による制圧という感じではない。
渡された武器は銃が一丁で形状は狩矢の元の世界の知識からすると、ブレン・テンの銃身を長くさせたようなもので色がグリップ部分が黒くてそれ以外の部分は銀だった。その銃は撃てば弾丸が出てくる、という訳ではなくレーザービームの様なものがでてくる。原理は不明でマガジン部分が着脱式でないことから材料が何を使っているのか調べることもできないため何が何なのかさっぱりである。そもそも狩矢は銃について詳しい方ではないからわからなくて当然なのだが。
作戦に関しては狩矢は概ね理解できていた。だが1番大事な部分が説明されていない。そう。どうやってfirstまで行くのかということだ。
「なぁ博士?firstまではどうやって行くんだ?」
それを聞いた瞬間の出来事だった。その言葉を聞いた博士が指を鳴らした。たった、それだけだった。だがそこから展開された出来事はそれだけでは済まなかった。
「ブラック・・・・・・ホール、か?ブラックホールの中にfirstはあるってことになるのか?ってことはfirstの中は光速をも越える速度で移動しなきゃいけねぇのか?」
「いやそれは違うな。ブラックホールに落ちたらどうなるか?まずはそこからか?仮に人間がブラックホールに落ちた場合、まず人間は2つに分裂する。それで片方は即座に燃えて灰になり、もう片方は無傷で落ちていく。その後ブラックホール内を移動するのか?ブラックホールに住んでるのも人間なんだぞ?まぁ、そこから脱出したければ光速を越える速度で移動するしかない。だけど別に俺らは脱出するわけじゃない。」
狩矢に整理する時間を与えてやる、とでも言わんばかりに1度博士は言葉を区切った。恐らく彼は結論を言う前にいつもこうするのだろうなと狩矢は場違いにも考えていた。
「何もしなくていい。なに、俺らは光速で移動しなきゃいけない道理などどこにもないよ。流れに身を任せればいいんだ。落ちきった先がfirstなのだから。」
可能性自体は、仮説そのものは、狩矢も立てていた。しかし、それは有り得ないとすぐに切り捨てたものだった。すなわち、ホワイトホールとワームホールの存在が証明される。しかし、有り得ない。何故ならそれは
「もしそれがワームホールを経由するってはなしをしてるんだったら、だ。そしたらエキゾチック物質やらアクシオンてのが存在するってのか?それとも実はワームホールは元々安定した状態でそこにあったってのか?どうなんだよ?」
「やっぱり君は頭がいいと言うべきなんだろうね。そこまですぐに頭が回るなんて。そうだね・・・・・・。ワームホール=これ、ワームホール≠これが成り立つって言おうかな?役割はイコールで結んでもいいけど、根本的な部分はイコールでは結ばれない。だから本当はワームホールという呼び名も正しいものではないんだ。正式には空間移動って言うんだけど。」
元の世界で未だ仮説の域を出きれていないワームホール。あったとしても発見不可能な程小さく、大きくして安定させるためには負のエネルギーと呼ばれるものが必要となってくる。それを手に入れたとしてもワームホールには時空の歪みがあるため必ずしも望んだ場所に行けるという、どこでも〇アのように便利なものではない。しかし、目の前のブラックホールらしきものは、どこでもド〇のように便利で望んだ場所に行けるということらしい。相変わらず異世界の事象は謎だらけである。もしかしたら博士が例外なだけかもしれないが。
「じゃあ、行くか。」
長袖の制服。黒のコート(博士が血で汚れてもいいようにと)。レッグホルスターとその中に銃が一丁。
襟付きシャツ。ただの白衣。ただの眼鏡。
そんな装備の2人の男がブラックホールの中へと落ちていく。
〜同日10時前・first某所〜
ブラックホールに落ちてホワイトホールから吐き出された先(正確には空間移動と違うものと言っていたが)は崖の上だった。空間移動が終わり2人は崖の先端へと近づいて、眼下を見下ろした。そこには剣で斬り合いをしている者。銃で撃ち合いをしている者。純粋に素手で殴り合いをしている者。様々な人がいた。
「ひっでぇな。ああいう武力衝突がここは絶えねぇのか?」
「そうだね。俺が知っている限りではfirstで衝突が無かったって時期はない。つまりこの世界が誕生してからずっとここではこういうことが起きているということだろう。」
そしてそれが激化し過ぎたから狩矢が止めに来た、ということだ。本当にこれを止めることが出来るだろうか?と一瞬考えたがすぐに弱気になってちゃ駄目だろうとマイナスな思考を断ち切りやるべき事をしっかり頭の中で整理した。
「それぞれのリーダーがどこにいるのかって言うのはロキから聞いている。まずは近い方から行こうか。」
とりあえず2人は崖の先端部から振り返って坂を下っていった。今から行く方の軍のトップはここから片方側のトップは歩いて十分程でつく距離を拠点にしている。名前は桜幹人。この戦争の事の発端はこの世界の誕生時の国の設立。そこにあるのだ。この国────つまりfirstができる前まではfirstの人達は別の場所で暮らしていた。そこで国の運営をしていたのが桜家とその親戚達。firstに移動した時にまずは何をどうしろと桜家が指示を出している時にお前らにばかり任せられるかと。身内だけで国の運営を行うんじゃねぇと。否定的な声が上がった。身内だけでなくほかの家のやつも混ぜろも言った時に桜家が反対し埒が明かないから実力行使だと言って桜家を襲った。
「これがこの戦争の始まりだよ。桜家が頑なに国の運営をほかの家に任せないのが長年の疑問と言われているが何か外部に漏れちゃまずいことでも秘密にしてるのかな?君らの世界で言う紀元前よりこの状態が今まで続いてるね。」
「馬鹿じゃねぇのかこの国の連中は・・・・・・。」
「だと思うよ俺も。っと、着いたね。」
説明を終えたタイミングと桜家の現当主?の拠点に着いたのはほぼ同時だった。そこは洞穴であった。元々国を運営していた王族が今は洞穴暮らしなのかと考えると滑稽であった。紀元前からこの戦争が続いているということはもう2000年以上は少なくとも戦争は続いているということになるのだから、やはり狩矢の言う通り馬鹿としか言いようがないだろう。やっぱ馬鹿だよなぁと狩矢が考えながら洞穴の奥まで進んで行くと今まで人2人が横1列になって通れるか通れないかというレベルの広さだったところから学校の体育館レベルの場所に出た。
「傷つき傷つけながらここまで文明を発達させたのだのだからやはり馬鹿としか言いようがないよな。」
その広間には元の世界で見受けられるような物が多々あり、床がフローリングだったりシャンデリアがあったり。確かに王族が住むような空間だなと狩矢は素直にそう思った。博士が独り言のように皮肉を言ったあと広間を見回して
「桜幹人はいるだろうか?いたら手を挙げてほしい。話がしたい。」
声を荒らげるわけではなかった。だというのに広間全体にその声は届いた。よく通る声、とそう言えばよいのだろうか。凄く聞き取りやすい声であった。ほどなくして手を挙げる者が現れた。
「貴方が桜幹人で間違いないだろか?」
「あぁそうだ。アンタらは何だ?」
髪の長さは頁と同じレベルの短髪黒髪だった。185cmぐらいの長身で、その上筋肉質であったから見るものにある程度の威圧感を与えた。
「説明が遅くて申し訳ない。私はalivioの方で色々なことを研究している者です。博士、とそう呼んでください。あいにくと人に紹介できるような名は持ち合わせていないもので。」
「狩矢直樹。17歳、学生だ。この戦争を終わらせろっつー命令でここに来た。とりあえず話を伺えないだろうか?」
〜10時過ぎ・first洞穴〜
「アンタらはこの戦争がなぜ起こったというのは知っているのか?」
「firstでやっていこー!って時に反乱が起こったんだろ?今さっき聞いたよ。」
「まぁ簡単に言えばそうだな。んじゃなんで俺らが奴らに国の運営をさせないかってのは?」
「それは知らないな。貴方の口から聞けるなら教えてくれ。とっとと終わらせて帰りてぇんだよ俺は。」
「ロキ、という神に桜家とその親戚の者だけで国の運営していかなければfirstは滅ぼすって言われてな。奴は気まぐれだ。その約束?を破ったら国は滅ぼされるかもしれないし滅ぼされないかもしれない。その辺はホントに気まぐれだ。が、滅ぼされる可能性がある以上約束を守らなければいけない。柳含む国民達はそれを信じてくれないのだがな。だが悔しいがそれが事実なんだ。」
つまり、ほかの家には任せたくないという訳ではなく、どちらかと言えば任せることができないという方が正しいのだろう。国民側はそれをうそだと断ずる。現実味がないのだ。嘘くさいのだ。そう思われて当然だろう。この戦争は恐らく国民側は折れなければ終わることはない。王族側が折れれば最悪国が滅びるのだ。どちらかが消えるか折れるか。いや、殲滅しきるというのは有り得ないだろう。王族側は国民がいなければ国が成り立たないし、国民側は国を本当に動かそうと思うなら今まで国を動かしてきた者達から引き継ぎなど王族がいなければできないことがあるのだ。余程の馬鹿ではない限りそのどちらかの結末は有り得ない。それに何より2000年以上もこの状態が続いているといっていたのだ。互いが互いを消す気がないのはそんな今が物語っている。
どちらかが、折れる。それがこの戦争の結末となるはずだ。もし王族側が折れた場合、ロキとの事があるから国が滅ぶだろう。もし国民側が折れた場合、消化しきれないものが残るだろうが1番良い結果になるだろう。しかし国民側が折れる気は恐らくないのかもしれない。六世界を滅ぼすことのできる兵器を出してくるというのだ。そう。今この国は滅ぶという一つの道の上を歩いている状態なのだ。
「俺らは守りに徹するつもりだし、そうしているはずだ。奴らが諦めてくれない限りこの戦争は絶対に終わらないだろうと俺は思っている。」
「ロキは前にもこういった形で俺に壁を作ってきやがったんだ。アイツは国を滅ぼしかねない。」
だから、それが分かった瞬間に狩矢のとるべき行動は一つに決まっていた。
「博士。国民側のリーダーのところに連れてってくれ。選択肢はもう、それしかねぇよ。」
国民側を止める。そうすることで戦争を止めようと、そう決意したのだ。
〜10時30分頃・国民側拠点〜
ここまではまた空間移動を使って来た。今の狩達は一分一秒が惜しいのだ。その行動は間違っていないだろう。普通にあの洞穴からここまで歩いてくればゆうに1時間はかかる距離だ。その間に11時になってしまい、戦争が終わるどころか異世界の全てが滅びるだろう。そうなると本末転倒だ。ここに来た意味がなくなる。
桜は守りに徹すると言っていた。国民側はそれが分かりきっていて絶対に桜家から自発的に攻撃することはないと確信しているのだろう。奴らは奴らで街を作り上げていた。20階建てのビル。そこに国民側のリーダー、柳氷羅は住んでいる、との事だった。王族側と比べて雲泥の差である。目立っていい者と目立ってはいけない者。こんなにも差ができるものなのかと狩矢は思った。片やこそこそ洞穴暮らし。片や堂々と町づくり真っ只中。争うことでここまで文明が発達するのは如何なものかとかんがえていたらすぐに最上階、20階へと着いた。エレベーターがあるのだ。あっという間に着くのは当然だろう。
博士が少し強めに、相手に届くようにドアをノックした後
「どうぞ。」
と優しい声が聞こえてきた。
「失礼。alivioで博士の名で通っている者だ。それ以外の名はないので貴方にもそう呼んでいただきたい。」
「狩矢直樹です。とりあえず後ろに控えさせている騎士。彼らに席を外していただけないでしょうか?怖くてまともに喋れやしないので。」
取ってつけたような敬語を使ってまず2人の邪魔な者を外に出してもらうように促した。
「あぁ、ドアに張り付いていても構わないですよ?」
「仕方ないですね。貴方達は命あるまで部屋の外で待機していて下さい。この者達との話が終わるまで中には決して入らないでくださいね?」
「「了解しました。柳様。」」
一言一句全くズレないようにそれを言った二人の顔の見えない騎士たちは部屋の外へと出ていった。しかし何故か顔が見えないはずなのに片方の騎士からだけいやに視線を感じた。目測20mの部屋では出るまでに少々時間がかかる。バタン、と。扉が閉まる音がし、騎士が消えたところで
「それでは何の用件があって貴方方はalivioより遠路はるばるここまで来たのですか?」
(これぜってぇ化けの皮剥がれたら怖いタイプだよなぁ・・・・・・)
そうして国民側との対談が始まった。
茶色い髪を少し伸ばした微笑みを崩さない顔をしていた。座っているのでよく分からないが恐らく桜よりは少し低めの身長だろう。身体は筋肉質という訳ではなく華奢という訳でもなく引き締まった様な身体をしていた。それは同じ教室内にいれば1番話しやすそうな。そんなオーラを醸し出していた。
「単刀直入に言わせもらおうか。柳氷羅。今すぐ桜家を攻めるのを止めろ。でないと本当に国が滅ぶぞ?ロキの言ったことは多分ホントだ。奴のこれまでの悪行を見てみろよ。それを見て、それでもやらないって言いきれるんなら攻めてもいいけどよ、多分言えないと思うぞ?」
「なるほど・・・・・・、確かに国が滅ぶのは私達もあちら側も良しとしないでしょう。互いに国が無いとどうしようもありませんからね。」
「だったら!」
「なのでいっそ私達の手で滅ぼしてしまえばいいんじゃないでしょうか?神にやられるのは嫌ですが、自分達の手で決着をつけてしまえば問題ありません。」
違った。化けの皮が剥がれたら怖いタイプなんかじゃなかった。もう既に目の前のリーダーの頭は狂気に染まりきっていた。コイツを止める方が難しいのではないだろうか、と博士も狩矢も感じた。
「まぁそもそもロキさんが言ったのですよ?この状態を維持せよ、と。飽きてしまったのでもう終わらせようと思ったのですが。」
(ここでもまたロキが出てくんのかよ。いい加減になんなんだあの野郎、俺に何をさせてぇんだ?)
柳はそう言うと座っていたデスクの引き出しの中から何かを取り出した。それは一つしかボタンの付いていない手のひら大の板だった。
「貴方方が恐れているものはこれでしょう?六世界の全てを滅ぼすことの出来る恐ろしいスイッチ。これを押すだけで何もない、何も存在しない無が生まれますよ。白か黒に包まれるのが気になりますがまぁどうでもよいでしょう。とにかくこれを押せば全てが終わります。」
彼らの兵器の準備はすでに整っていたどうすればスイッチ一つで六世界全て滅ぼせるのか。ただただ単純に疑問に思った。
「知りたいですか?ボタン一つで消える世界がなんで消えるのか?」
狩矢は考えもせず頷いてしまった。それが奴らの11時まで時間稼ぎだと理解していたというのに。敵の思惑の通りに動いてしまい悪手を取ってしまった。奴らは11時になったらあのボタンを押すだけでいいのだ。圧倒的に不利な状態なのは狩矢達の方なのである。だというのに知りたいという好奇心の方が、勝ってしまった。
「やっぱり気になるよね。うんうん、当然の反応だと思うよそれが。firstの地面にはありったけのダイナマイトを埋め込んでいます。firstの地面を削って3m以内にダイナマイトが無いところはもうないでしょうね。そして他の五つの世界にはさ。空中で空間移動を展開させてダイナマイトの雨を降らせたらどうなるんでしょうか?・・・・・・まぁ既に他の世界の地面にもダイナマイトを埋め込み済みなんですけどね。」
存外、説明はすぐに終わった。しかし、狩矢の考えていた兵器とはイメージが全く違った。兵器というのであればそれを壊せば良いと思っていたがそれをさせないと言うかのような仕込み具合だった。これではもうスイッチを壊すしか道はなくなってしまった。どうしょうもないとそう誰もが思うような絶望的な一幕。しかし、博士の顔は涼しげで微笑んですらいた。
「無駄だな。まずそのダイナマイトだが、alivioに合った物は全て取り除かせてもらった。すまん。そしてもう一つ。六世界を滅ぼしても七つ目のもう一つの世界も壊さなければ意味がない。神々はいつもどこで神議をしていると思う?六世界の内のどこかではないぞ?となると、もう一つ世界がないとおかしいな?安全地帯が2ヶ所もある。そんな欠陥だらけの兵器で滅ぼせる程この世界は甘くないぞ?」
そう言って博士は淡々と彼の目論見が失敗に終わっていたことを告げた。それは狩矢も今初めて聞いたことで。暫く言っていたことをしっかりと飲み込んでから
「alivioが無事なんだったら俺来る意味なかったんじゃねぇの?」
という黒髪ロング(男)の反応と
「2人とも戻って来て、彼らを殺せ。」
という茶髪少ロング(男)の二つの反応があった。
柳がその言葉を言い終えてから1秒の遅れもなく部屋に入ってきた2人の騎士、2m以上はあるだろうという長身で筋肉質というか体そのものが筋肉なのではないだろうか?と甲冑の上からでも感じさせる屈強な肉体を持った騎士。もう1人は170ぐらいのこの空間の中では小柄に分類されるであろう騎士。
狩矢の方にはごつい方の騎士が襲ってきた。圧倒的物量が目の前に迫ってくる恐怖。様々な恐怖に慣れている人物でもこれだけは絶叫物だろう。迫ってきた騎士は腰にさしていた西洋剣を引き抜きそのまま狩矢めがけ横一閃。それを狩矢はしゃがんで上手く回避し、そのままの勢いで騎士の腹めがけて思いきり蹴りを放った。それで騎士は1歩後退した。だけだった。
「うむ・・・・・・、もしや『不動の壁』という名は卒業しどきかな?」
「蹴ったのが俺じゃなかったらそうすべきだったろうよ。」
互いに一言交わし、しばしの睨み合いの末に騎士の方が沈黙を破った。
「柳様。器物破損しても、よろしいですか?」
「いいと思うよ。どうせあと数分で世界ごと壊すわけだからね。」
そのやり取りの後に騎士は迷わず狩矢目掛けて突進してきた。互いの距離が少々あったため突進そのものを避けるのは容易であった。狩矢は体を右に飛ばしてその突進から回避した。しかし、騎士の猛威はそれに留まらなかった。その狩矢の回避行動を予期していたのか大剣を左に持ち、それを狩矢と騎士、両者が重なるタイミングで大剣を振り上げる。このままでは、回避行動を取るしか選択肢のない狩矢は回避しなければ死か、または致命傷は免れないだろう。狩矢から見て後ろに避けようとすれば大剣のリーチ上、どう足掻いても避けきれないし、左に避けようとすれば大剣の軌道上の入るため右に避ける他なかった。だから狩矢は何も考えずに右に避けた。騎士は右足を固定し、大剣を振り上げると同時にその場で甲冑を身にまとっていると思わせない勢いでターンした。避けきったはずの狩矢は騎士の次のアクション、ターンした勢いのまま狩矢に蹴りを放つというのまでは予測しきれずにもろにダメージをくらってしまった。今更だが、この部屋は扉がある壁の反対に位置している壁、柳が座っている側の近くの壁は全面ガラス張りとなっている。狩矢は柳と話すため柳の近くに。騎士は今しがた部屋に入ってきたため扉のある壁側に。それぞれ位置し、そしてその位置関係のまま先程の応酬があった。つまり、蹴られたその勢いで外に落ちそうという展開になっていた。その勢いのせいでガラスに背が当たる、というところまでは追い込まれたがなんとか持ち前の脚力で前の方に体重移動し、安堵し、前を見据え、た瞬間のことだった。
「これは避けられないだろう?諦めて高さ60mの高所から落ちて死ぬがいい!!!」
すぐ目の前に騎士がいた。突進、剣技、蹴り。その三連コンボで追い詰めて最後のゼロ距離でのパンチ。完璧な流れ。最適解。素直に賞賛されるべき技量だろう。立ち直してばかりで受けきることも避けることもできない狩矢がどうなるのか、それはもう火を見るより明らかだった。もろに騎士の拳を腹に受け、狩矢の体は宙を舞った。そのままガラスを破り、20階建てのビルのその最上階、高さ約60m。そこから落下を始めた。よくて戦闘不能、最悪、死。絶叫も悲鳴も無しに狩矢はその戦場からフェードアウトした。
「さて。仲間が死んで顔色一つ変えずに立ち尽くしている君。次は君がああなる番だ。」
「は?何を言っているんだ?お前の対戦相手、まだ戦闘不能にはなっていないぞ。」
博士がそう言い終えたのと扉が開いたのは同時だった。
「ちぃ〜す。ん?どした?死人でも見るような視線向けやがって。」
「・・・・・・空間移動か。ふざけやがって。」
大剣を構えそのまま狩矢の方へと走ってきた。対して狩矢の行動は避けようとしなかった。銃を引き抜き、撃つ。それだけだった。
「次は当てるぞ?入ってるのは実弾じゃない。防ごうとしても貫通するぞ。」
彼が当てたのは兜の端だった。中にいた人には傷一ついていない。銃から放たれたのは粒子の集まり、レーザービームだった。実弾であれば甲冑の高度が高ければ防ぐこともできたかもしれない。しかし、狩矢の放つそれは形がない。だから、撃たれる側は何の対応もすることができず、たった一瞬でどちらが優位にたっているかが逆転した。動けば撃たれ、致命傷を負うことになる。狩矢が狡猾ならば足を狙ってくるだろう、と。半ば騎士は確信していた。少なくとも乱射するような真似はしないはずである。そこで騎士は乱射しないのであれば持ち前の耐久力でなんとか持ちこたえて勝てるのではないのかと、勘違いをした。彼は知らないのだ。体を鍛えた代償として痛みを忘れた。だから体に風穴が開いても動けると考えた。それは大きな間違いなのだが。故に騎士は狩矢めがけて走り出した。そして、部屋の中央まできたところで狩矢に右足を射貫かれた。
「あああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!!?」
その痛みは騎士の想像を超えていた。その場で膝をつき、そのまま動けなくなってしまった。狩矢に頭を垂れる形で痛みを堪えて、その姿勢のため同時に羞恥心も堪えていた。緩慢な動きでその騎士まで歩いてきた余裕を見せつける狩矢は地面にむかって銃を構えて、地面にむかって銃を撃った。騎士と狩矢の間に線を引くようにして、3m程の切れ目を入れた。その直後に騎士の右側の方にも3mほどの切れ目を。
そして狩矢は騎士の隣に立ち、見下すようなポーズをとった。
「今謝れば、許してやろう。なんて生易しいセリフを吐くつもりはねぇ。ここは戦場だしな。だから。お前は今ここで退場しろ。」
そう言って、自分の右足を上げて騎士の肩甲骨あたりにに足裏をあてた。だが威力は、あてた、という表現が間違っていると言わんばかりの音がその空間中に響いた。
その狩矢の蹴りで床が抜けた。それは狩矢自身の脚力がとてつもなく強い、という訳ではない。そもそも、この建物の床自体が薄いのだ。あの巨体があれだけ動いていて抜けていないのが不思議なレベルだ。加えて落としたのはあの巨体で筋肉の塊のようなものだ。それだけでかなり重いだろうが、それは鉄でできた甲冑やら剣やら兜やらを身につけている。そうとうな質量だろう。そして極め付きは狩矢が銃で撃っておいた床だ。これのおかげで抜けやすくなっていた。その銃は防ぎようがないのでなんでも貫通する。その特性を活かして、20階の床をぶち抜くだけでなく、1階までの床全てにその切れ目を入れていた。
「高さ60mから床になんども背を打ち付けながら落ちていくんだ。無事でいられたら、褒めてやんよ。」
「クソッ!クソ!クソクソクソクソクソクソクソクソクッソっがぁぁぁああああああああああっ!!!」
これで一人脱落。狩矢はその銃を柳か、残る1人の騎士に向けるのかと思いきや、そんなことはせずに、銃を下ろした。
「奴もトップの護衛につかせれてんだ。実力はあったんだろうが、相手が悪かったな。俺が本気を出せばテメェらなんぞ余裕で消せる。それをしねぇのは平和的に解決してぇからだ。降伏しろ。そうすりゃ一番平和な形になるんだ。」
もちろん、彼の言っていることは大嘘である。大抵の奴ならビビって降伏するだろう、と。これでゲームセットだ、と。そう思ってそう言ったのだが、そんな言葉一つで降伏するのであれば今頃降伏しているだろう、という簡単な考えに思い至ることができなかった。その結果、敵に遅れをとってしまうこととなる。
「あぁっ!?」
唐突に彼の持っている銃の重さが増した。2倍、3倍、どころの話ではない。狩矢の渡された銃の重さは大体0.6kgといったところだ。それが急に約500倍程増えた。つまり、300kgほどの質量を持った銃が誕生したのだ。
(いや、これは銃が重くなったってよりも地面が銃を引きつける力が強くなってんのか!?)
「気づいたようですね。私の能力名は増幅重力。その名の通り私がいじりたいと思った物の重力を操ることが可能です。今は貴方の銃の重力だけ少しいじらせていただきました。今のその銃で発砲することが出来るのであれば素直に褒め称えましょう。」
そう言われて狩矢はのろのろと緩慢な動きで銃をゆっくりゆっくり持ち上げた。普通の人間であれば持つのを維持することすら出来ないであろうその重量と彼は気合で持ち上げ
「山で生きていこうと思ったらこんくらい屁でもねぇよ!!!!」
と言って撃ち抜いた。これには柳も驚いたようだったがすぐに元の柔和な笑みを浮かべて
「すごいですね。ですが、空間移動を使ってどこか適当なところに飛ばせば、こんなの何の問題もないですね?」
と。すぐに彼の銃が通用しなくなったことを告げた。
「あとは君に任せるよ。そこの2人、どう調理してもいいからね。」
「了解しました。」
それまで傍観を貫いてきたもう1人の騎士。その一声で騎士はこちら側に近づき柳は空間移動を展開させ、それぞれの行動に移った。
「あ、あと服の重力もいじっておくね。」
そう言ってから空間移動の穴へと消えていった。その直後だった。狩矢の全身を重力という重力が支配した。まともに身動きが取れない中、対峙するのはトップが側近に付けるような騎士。博士が動いてくれなければ狩矢達に勝ち目はないだろう。顔をこわばらせる狩矢。無表情の博士。表情の見えない騎士。この3人の戦いの火蓋が今、切って落とされようとしていた。